飾り

鷹尾 銀二


 悲しい。ただ、それに尽きる。

 大型ショッピングモールの端っこに位置する、似たり寄ったりな雑貨屋で、私は懐中時計を手に取った。安価だが実によく再現されている。シンプルな文字盤にクリアなボディ。そこから透けて見えている、ネジや歯車等の部品。これもまた、行儀良く収まっているように見える。近年、こういったむき出しの機械部にロマンを感じる者が多くなっているのだろうか。先ほど行儀良く収まっているといったが、この機械部はこれだけ複雑な顔をしているのに、うんともすんとも動かない。歯車一つまわらない。これは、制作社が、いかに安価にかっこいいデザインを追求するかを考えた結果、安い時計の背中側に飾りの機械部を設けることになったのだろうと、簡単に推測はつく。いわば、こいつは、飾りという名の仮初めの機械部を搭載した時計だ。悪口を言っているみたいに聞こえるのは、どうか許して欲しい。私は、この一枚として動くことをしない機械部に、他でもない自分を重ねあわせていたのだ。

 しっかりと組まれた歯車はまだいい。それは紛れもない、世界の一部と化している。いつか、壊れて取り替えられる日が訪れるかもしれない。それでも、壊れてしまうその瞬間まで、その歯車は紛れもなく、そこに無くてはならない存在なのである。それがないと、この時計の世界は回らない。
 
 では、私たちはどうか。

 私は時計を棚に置いて、詰めていた息をふっと吐き出し店を後にした。前を行き交う親と子供。すれ違った恋人たち。端にたむろす学生の輪。私の視界を掠め流れてゆく。皆、一様にどこかの世界の中にいて、満ち足りて安心したように笑っていた。
 あの仮初めの機械部だって、歯車の一枚も動かないながら、レトロな時計の世界の中の、外観を良くするという役割を担っている。あの動かない歯車は、本懐こそ果たせずとも、別の形であの時計の世界に貢献している。そうか、君も世界の輪の中にいるんだね。私とは違ったか。これは、失敬。

 身体を伝わる振動で揺れる、鞄にぶら下がるジンジャーマンを撫でながら、電車で流れてゆく窓の外を夕日がゆっくり沈んでゆく様を眺めている。この世界は美しい。それは、各々が世界の中で命を燃やして生きているからだ。太陽も月も。木々も生き物も。人も同じだ。だが、どう考えても自分が世界の輪の中に居るとは受け入れがたかった。それでは、私は何処にいるのだろう。窓に写る自分を見る。自分だけ、この世界からぷつんと切り取られているような錯覚に陥った。ああ、私は何処にいるのだろう。

 手が、離れてゆく。あなたの手が、離れてゆく。まだ幼さの残る顔。実家を飛び出す前の私の手を、あなたは離して歩き出す。行ってしまう。行ってしまう。いかないで。頼むから。行かないで。手を離さないで。ここに置いていかないで。行かないで。いかないで。ぶつり。肉の断ち切れる鈍い音がした。痛いでもなく、ただぶっつりと、切り取られてしまったような。ぽっかりと風穴が開いてしまったような。そんな気がしたのは、私が世界から切り落とされたからだと、働かない頭で理解した。身体を渦巻く暴風を、口から吐き出すでもなく、風穴から垂れ流すでもなく。私がしていいことといえば、拳を握ってただ、耐えること。それだけだ。見開いた目に映るのは、私ではない誰かの腕をとるあなたの後ろ姿だった。目玉の奥がカッと熱くなり爆ぜる。目玉の隙間からどろどろぼたぼたと渦巻くものが流れ出る。なにもない。無くなった。いや。最初から、私にはなにもなかった。ねぇ、お母さん。

 あの日の暴風が、今でも私の中を吹きわたっている。あなたにとっての、私との日々はきっと、ただの飾りにすぎなかった。思い出がよみがえる。私のかわいいジンジャーマン。手放すことができなかった。良いことも悪いことも。私がまだ稼働する歯車だと思いこんでいた頃、既にその世界は、あなたにとって唯の飾りだった。私はそれを世界だと思っていただけだった。必要とされていると、錯覚していただけだった。それ見たことか、私にははじめからなにも無かったのだ。残念だったな。私の代わりはいくらでもいる。

 踏み台に上り、上から下がる縄に手をかける。輪っかを丁寧に、顎の付け根に這わせてゆく。いつの間にか、指が縄をなで上げる。この孤立した世界で最後に触るものだから。ざらざらとしたさわり心地と、少しばかりの暖かみを感じる。なにもない。そう、なにもない。こんな私の世界など、自分の手で壊してしまえばいい。飾りにしかなれなかった私など、身を喰らう暴風とともに爆ぜてしまえ。
 上から見下ろした、これから踏み出す新世界。縄の向こうに見えるのは、闇。あの日、笑顔でクリスマス飾りを一つ取り私の方へ差し出した母のように、両手を広げて待っている。ああ、さいごまで。

 さらば。
 不思議と心安らかに、しっかりと空を踏みしめる。

 踏み出したその世界は、少し暖かいような気がした。
 ああ、おやすみ。

 後日
 アパートで、青年の首吊り遺体が見つかる。右手にはクリスマスのオーナメントをもって、幸せそうにほほえんでいた。
 

飾り

主人公病んでますね。どんなに前向きに生きようと思っても、子供のころのトラウマ的なものって、ふとしたときに戻ってくるんですよね。たぶん。忘れているか見ないようにしているかってだけで、ずっと巣食ってるんすよね。んで、夜な夜なおもいだしては、悶々としていたり、大人げなくぽろぽろとしたりするわけです。大人になっても、治そうとしても、なかなか治らなくて。俺は、これをずっと繰り返して生きていくんだと思ったら、いろんなことを放棄したくなる。 必要とされない人生だったら、もういいか、、、と、手放したくなるんでしょうね。

飾り

子供のころに巣食ったものは、今も変わらず自分の中に存在している。

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更新日
登録日 2020-11-22

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