騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第九章 田舎者の風

RANPO

第九話の九章です。
九話の佳境、ロイドVSスオウです。

第九章 田舎者の風

 四月。セイリオス学院にて一年を過ごし、後輩を持つ身へと進級した彼は、世の中にありふれているだろうはずがこれまでの人生に一度としてなかったある経験をした。
 もとはと言えば彼自身のせい――故郷である桜の国、ルブルソレーユにて剣術を学び、立派な騎士を目指して多くの優秀な騎士を輩出している国である剣と魔法の国、フェルブランド王国の中でも随一と名高い名門校に入学した彼は、日々を自身の技を磨く事だけに注力していた。
 結果として同学年の中ではトップクラスの実力者となったわけだが、年頃の男子が思いをはせるだろう様々な事、色々な経験を素通りしてしまい、それもあってか、その瞬間は彼にとってとてつもない衝撃だった。

 新入生の入学式を終え、あの名門の家の者が入ってきたとか既に名の知れている強者がいたとか、一年生のみならず二年、三年の間にも興奮が広がる中、日課である鍛錬を終えて男子寮へと向かう途中で噴水に腰かける一人の女子生徒に遭遇した。
 真新しい制服やリボンの色からして一年生らしいその女子生徒は、どうにも途方に暮れているような雰囲気で空を見上げていた。
 己の剣道、騎士道に真っすぐでも他人に無関心というわけではない彼は、その女子生徒が慣れない学院で迷ってしまったのではないかと考え、ここは上級生として手助けをしなければと思って近づき――その姿に思考が停止した。

 風になびく長く蒼い髪。物憂げな表情が際立たせる絶世の美貌。蒼い瞳にすらりと伸びた四肢、その女子生徒を構成するありとあらゆる要素に「美しい」と言いたくなるような完全さ。
 思わず口に出さなかったのは幸運か、はたまた口を動かす暇があったら眼前の美を記憶する事に力を注ぐべきと判断したのか、ともかく彼の頭の中には「女神」という言葉が浮かんでいた。

『……あの……?』

 想像通りの美しい声を発した女子生徒の視線を受け、傍から見た自分が如何に変な状態かを認識した彼は、止まっていた思考を無理やり再起動させ、咳払いと共に言葉を捻り出した。

『あー……どうかしたのか? もしや――迷っているのではないかと……』

 自分のモノとは思えない引きつった声に自分を殴りたくなった彼に対し、女子生徒は困ったように微笑んだ。

『いえ、迷ったわけでは……ただその……恥ずかしいのですけど、どうやらホームシックのようでして。ふふ、初日だというのにこれではいけませんね。』

 控えめな笑みと澄んだ声に何かを確信し、そして決意した彼は目の前の憂える女子生徒を救わなければならないという使命感で、後に思い返して発狂する事となる言葉を口に出す。

「心配する事はない、おれが――この学院の皆が新たな家族になるのだから。」

 彼の言葉に少し驚いた彼女は、ふふふと笑う。

『ええ……そうですね。』


 自分の部屋に戻り、ルームメイトが話しかけても何も反応しない放心状態で、しかしながら頭だけはフル回転させて彼は考える。
 あの女子生徒の為にできる事を全てしよう。我が刀をあの女子生徒に捧げよう。五分にも満たない邂逅で胸に刻まれた決意について、もはや決定事項となっているのだがその理由がわからずに思考し続けた彼は、深夜、ルームメイトを奇声で起こしながら結論に至る。

 自分はあの女子生徒に心を奪われた――恋をしたのだと。

 以降、彼の人生は変化を始める。それまでの自分がただただ強さを求め続けるだけの野蛮人か何かに思え、力を得る理由を持った今の自分こそが立派な騎士であると認識し、守る者がいると強いという意味不明だった言葉を真実であると確信した。
 それまでほとんど無関心であり、もっと言えば不純なモノとすら見ていた周囲の生徒たちの異性への興味に共感するようになり、定期的にやってくる商人のファンクラブなどの存在理由を理解した。
 素晴らしい、なんと素晴らしいのか。無論、こうなる以前の自分が送っていたような軽蔑の視線を向けるべき輩も存在するが、それだけではない。恋とは、恋愛とは、異性に対する想いとは、なんと輝かしいモノなのか。認識を改め、あの女子生徒の為にと、彼は今まで以上の熱で鍛錬に臨むようになった。
 また、あの女子生徒に心を奪われたモノが自分だけではない事も知り、一時期は想いを告げる男子生徒たちに焦りもしたが、全ての申し出を断る女子生徒に対し、首を縦に振ってもらえるような男を目指さなければならないという更なる決意に彼は燃えた。
 釣り合う男になる――同じ想いを持つ故にライバルのはずが、共に鍛錬に励む内に奇妙な絆を他の男子生徒たちとも結ぶようになり、彼の学院生活は急速に潤っていった。

 六月に、田舎者の青年がやってくるまでは。

 騎士学校の名門セイリオス学院。その生徒は規模にこそ差はあれど多くが騎士の名家の出身。そんなところに突然やってきた物乞いのような格好の田舎者が転入生として一年生に加わった。
 曲芸剣術というふざけた名前の剣術を使い、騎士に関する知識や魔法の腕はゼロに等しい。余程のコネか何かで入ったのだろうと思われるその場違いな田舎者は、関わり合いにはなるまいと思っていた彼に衝撃を与える。
 数々の男子生徒の申し出を断り続けている事と名家に恥じない高い実力から『水氷の女神』と呼ばれるようになったあの女子生徒がその田舎者と仲良くしていたというのだ。
 クラス委員という立場もあり、場違いな田舎者の世話をしているのだろうと思われていたが、ある事件を境に状況は急変していく。
 新入生の中にいたこれまた場違いな存在――王族であるクォーツ家の姫が賊に狙われたのだ。学院の時間を止めるという途轍もない魔法でそれを行った賊を、どういうわけか彼女と相部屋となっていた田舎者が撃退したのだ。
 そしてセイリオス学院のあるフェルブランド王国の首都ラパンに前代未聞の魔法生物からの侵攻があった際には『ビックリ箱騎士団』というふざけたチームで参加。あろうことか『水氷の女神』と、彼女と同様に男子の間で人気のあった商人をチームに入れ、国王軍の守りを突破した数々の魔法生物を倒し、ワイバーンを殴り落とした。
 夏休みに入る辺りから、実はその田舎者が十二騎士の一人、《オウガスト》の弟子だという話が広がり、ランク戦にてそれを証明するかのような高い実力を見せつけた。
 そうして様々な噂が流れる中、交流祭にて決定打が放たれる。『水氷の女神』自身の口から、想い人がその田舎者だという宣言が。
 それ以前から『水氷の女神』を含め、商人や王族他数名の女子生徒と仲良くしているところが目撃されるようになり、あの女好きの《オウガスト》の弟子という事もあって多くの男子生徒がひやひやしていたところにこの一撃――数々の噂が真実となり、渦巻き、怒りの視線が田舎者へと注がれるようになった。
 たらしこんだ女子を取り巻きに注目の的となった田舎者。その毒牙に女神は堕とされた――彼は怒りに震え、同様の想いを持つ者たちが一つの目的の下に同志となった。かの男の真実を暴き、『水氷の女神』や商人などの目を覚まさせる――ロイド・サードニクス被害者の会の始まりである。

 集まった同志たちはまず、ロイド・サードニクスという男について調べ直した。異性から人気が出る要因として第一に挙がるモノは「容姿」なわけだが、この男は際立って美形というわけではない。ならば女子をたらしこむモノは何なのか。彼らはそれを「強さ」であると考えた。
 力強さは男の魅力の一つ。ましてや騎士を目指す者が集まる学院においてそのステータスの影響力は大きい。
 実際この田舎者は強い。ランク戦や交流祭においてそれは誰もが認めるモノとなっている。普通であればこの事実はどうしようもないが、この男の強さには特殊な理由があった。
 十二騎士――世界最強の十二人の騎士に与えられる称号。その一人である《オウガスト》がその理由だ。ただの農民だった田舎者がどういう経緯で十二騎士の教えを受ける事になったのかは不明だが、曲芸剣術も回避に特化した体術も《オウガスト》のモノであり、それらをメッキとして貼り付ける事で田舎者が立派な騎士のようになっている――という結論に彼らは至った。
 それは強力なメッキだが根っこは変わらない。それを暴露させる事で騙されている者たちを救う――そのチャンスを待ち続けた彼らは、ついに選挙戦にてその機会を得たのだ。
 願いを託されたのはリーダー格の一人、スオウ・キブシ。偶然ではあったが別の選挙戦にてメッキが少し剥がれて内側の一部があらわとなった今、偽りの騎士に天誅を下すべく、スオウ・キブシは刀を抜くのだ。

「このオレを倒すとはさすがだな。貴様、いつの間にあんな技を……」
 大事の前の小事というわけではないし、誇りあるオカトトキの剣を振るう者として礼に欠けるが、思考の半分を先に控える田舎者との選挙戦に向けたまま、キブシはブラックムーンとの試合を制した。
「おれの技以前にお前は色々と顔――いや、無駄なポーズに手の内が出過ぎだ。折角の時間魔法が勿体無いぞ……」
 という同級生へのアドバイスも半分うわの空で呟き、キブシは試合の前に見た現生徒会長の顔を思い出す。

『君、死にたいの?』

 普段の陽気な雰囲気からは想像もできない温度の低い声と表情で告げられた一言。かつてランク戦で戦った時ですらあんな迫力は感じなかった。
 一体どういう意味なのか。推薦しているのだから現生徒会長があの田舎者に肩入れしている事は知っているが、試合前にそいつと行った会話の何をもってそう言ってきたのか。
 その強さも家柄も申し分ない未来の優秀な騎士。キブシ個人としては尊敬できる人物だという認識だったが、田舎者に関する何が彼をそこまで害したのか。
「あれほどの男が……女子同様に騙されているとは思えんが……」
 疑問を胸に、キブシは自分の背筋を震わせたそれについて、ぼんやりと考えていた。



 なんとなくキブシとブラックムーンさんの試合……いや、キブシを見たくないオレは試合観戦をやめて部屋に戻った。そんなオレと同じにしなくてもいいのにと思ったが、さっきので気分じゃ無くなったとかの理由をつけて、けれどきっとオレの事を気遣ってくれたみんなもその試合は観ないで他のミニ交流祭などに散っていった。
 ……いや、正確には強化コンビがそうしただけで、他のみんな――エリルたちはオレと一緒に部屋にいたりする……
「えぇっと……みんなも試合を観に行っていいですよ……?」
「何を言う。こういう時にこそ正妻として夫を支えなければなるまい。」
「誰が正妻よ!」
「ロイくん平気? あいつ殺しとく?」
「あははー、それはダメだけどそれくらいにはムカつくよねー。」
「あ、あたしも……あの人は、嫌い……」
 たぶん二人用のテーブルを六人で囲み、モヤッとしているオレにわいわいと話しかけてくれるエリルたちを再度ありがたく思っていると、不意にローゼルさんが咳払いをした。
「あー、あの男のせいで嫌な事ばかり思い出しているだろうが……個人的にはその頃のロイドくんの良い思い出が気になるというか……例の事件があるからあまり聞けなかったのだがこの際――だから……ロ、ロイドくんのご両親の事など、聞いてみてもいいだろうか……?」
 悪い事と思いながらも興味が勝る――そんな顔でつっかえつっかえ尋ねるローゼルさんに、オレは軽く笑みを返した。
「それくらい、別にいつでも聞いてくれていいですよ。ローゼルさんの言う通り、楽しい事もたくさん――いや、楽しい思い出の方が多いんですから。」
「農家だったんでしょー? 妹ちゃんと一緒に畑仕事とかしてたのー?」
「こらアンジュくん。勇気を出したわたしよりも先に質問するんじゃないぞ。」
 そういえば、みんなの家族には家にお邪魔した時に会ったりしているけど、オレの親についてはちゃんと話した事がなかったかもしれない。カメリアさんが完全に保護者扱いしているフィリウスや妹のパムの事はみんな知っているけど……そうか、オレの親か……
「畑仕事はいつも家族全員で……お母さんの指示でオレとパムとお父さんは動いていたなぁ。お父さんは元々漁師だったから……たぶんオレが釣り上手いのはそっちゆずり。ベルナーク――マトリアさんの血を受け継いでいたのはお母さんだったみたいで……そういえばサードニクス家代々の収穫術とか言っていたような……」
「……実は物凄く強い人だったとかじゃないの? あんたのお母さん……」
「いやぁ……うーん、でもどうなんだろうなぁ。そういうところを見る機会が無いというか……魔法生物の侵攻とかはたまにあったけど村長さんが騎士の人にお願いしていたし、強さを隠していたとするならオレにはわからないな……」
「普通の方だったのではないか? マトリアさんは自分が表に出てこない事を願っているという話だから強さを与えるような事はしないだろうし、余程のキッカケでもない限り――あ、いや、すまない……」
 オレにとっての「余程のキッカケ」があの事件という事に気づいてローゼルさんが申し訳ないという顔になる。
「大丈夫ですから。ああでも、うちではお父さんじゃなくてお母さんが大黒柱って感じだったから、家の中では一番強かったと思いますよ。別の意味で。」
「へー、じゃーロイドのお父さんは尻に敷かれるタイプだったんだー。ちゃっかり受け継いだんだねー。」
「えぇ?」
「だってロイド、基本的にはあたし――っていうかあたしたちに攻められる側でしょー?」
「びゃっ!?」
「うむ。しかし普段はそうかもしれないが、いざとなるとそれが逆転するからな。爪を隠した旦那様だ。」
「ダンナ――かか、隠しているとかそういうわけでは……」
「ち、ちなみにロイドくんは……お父さん似……? それとも、お母さん……?」
「えぇっと、お母さん似かな……」
「ロイくんのお母さんって美人だった!?」
「えぇ!? そ、そうだな……うーん……こ、個人的にというか自分のお母さんに対して変な感じだけど……美人――だと思うよ……」
「それじゃーロイくんはお母さんの美形を受け継いでもっとカッコよくなるんだね!」
「えぇ? そ、そういうモノ……?」
「……写真――とか、ないわけ……?」
「オレは持っていないけど、パムが……その、オレを蘇らせる為に家のモノを全部回収してたから、そこに家族写真があったかな。」
「それは是非見てみたいな。妻としてご両親にご挨拶だ。」
「えぇっ!?」
 その後、両親の事をあれやこれやと聞かれ、その度に色々な事を思い出したオレは……悲しいというのも多少はあるのだろうが、主に嬉しい懐かしさにホロリと涙を流した。
 そしてそれを見たみんなが……こ、今夜は一緒に――と言いだし、そこから戦いが始まってしまった。
 渦中のはずなのに蚊帳の外……確かに、こういう感じもお父さんゆずりなのかもしれないな。


 エリルが炎をまき散らしてローゼルさんたちを追い出して……その、色々あった次の日。その日は朝から妙な視線――はここ最近ずっとだけど、分類するなら敵意のあるモノをビシビシと感じていた。
 理由はおそらく今日の選挙戦。とうとうオレとキブシの試合がやってきたのだ。
 結局キブシの試合は一つも観ていないから、居合が速いという事しか知らない相手。強いという事は確かだが……今回はそれ以上のモノがある。
 キキョウ、エリルたちへの侮辱。しまいにはオレの故郷を……
 怒りに限らず、感情に身を任せて攻撃するというのは危ないぞとフィリウスに言われた事があるが、頭でわかっていてもどうしようもできない衝動のようなモノがある。
 これほど勝ちたいと……勝たなければいけないと感じたのは初めてかもしれない。ギロリと睨みを飛ばしてくる――たぶん被害者の会の人なんだろう生徒たちは正直どうでもいい。キブシを倒す――いや、ボコボコにしてやりたい。今はこれが全てだ。
「……あんた、大丈夫?」
 放課後、闘技場の前。キブシの待つその場所にやってきたオレに、エリルが心配そうな声をかける。たぶん、今のオレはそうしたくなるような顔をしているのだろう。
「大丈夫だ。最近のオレの……その、さ、殺気――とか、色々と心配かけてごめん。この勝負でたぶん終わりだから。」
 ――と、エリルがオレを心配するという状況が割と珍しいからか、そう言いながらオレは何の気なしに……エリルの頭を撫でていた。
「……なによ……」
「……あ、いや……すみません……」
「なんだ今のは! ロイドくん、この正妻の頭も撫でるのだ!」
「ボクも! なでなで!」
 いつもの流れに朝からピリッとしていた神経が緩む。だけどみんなと別れて一人、闘技場の中へ進んでいくと再度キブシへの感情が心を満たす。
 ……ああ、これたぶん、自分で思っている以上にキブシに腹が立っているんだな……


「ついに来たな、この時が。」
 見慣れた試合会場。その真ん中、腰にさげた刀に手をのせて立っているキブシが高圧的にオレを睨む。
「この試合には様々な意味合いがある。偽りの注目を浴びているお前を倒す事はおれの生徒会長選挙へ足がかりであり、おれと同志たちの天誅であり……ついでに、お前とあの十二騎士のせいで未だに騎士を目指している軟弱者に現実を教える場。ああ、現実というとお前自身に騎士の道のなんたるかを――」
「うるさい。」
 相変わらずの物言いを止め、オレは武器を構える。そんなオレを見てまたしても審判役になっている先生が「珍しいモノを見た」という感じに驚く。
「は、なんか渦巻いてんな? あんまオススメはしないんだが、そういうのも今の内にって事でいいだろう。おし、始めるぞ。」
 スッと手を挙げる先生。オレは回転を始め、キブシは腰の刀を握って……たぶん、居合の姿勢になる。
「んじゃ――試合開始!」
 先生の合図と共に回転剣を飛ばし、キブシを囲むように全方位から攻撃する。毎回、初めて戦う相手にはまずこの攻撃を仕掛けて出方を見るのが定石みたいになってきているが、今の気分的にはこれで倒すつもりだった。
 だが――

 ギギィンッ!

 極めて短い時間、ほんの一瞬の中に連続で響いた金属音。弾かれて――いや、中には砕かれたり切断されたりして舞い散る回転剣。その金属片の雨の中、試合開始の時と同じ納刀状態のままで構えているキブシ。
 何が起きたのか、目では見えなかったけど急激に動いた空気の流れで辛うじて捉えたその動きは超速の連撃。まるでそこに見えない壁があるかのように、キブシを中心とした一定空間内に入った回転剣が全て迎撃されたのだ。
「――それなら……」
 同じく全方位からだが、速度や角度を変えて再度攻撃。一定空間内に到達するタイミングを変えて更にもう一度。思いつく限りの項目を色々と変更して攻撃を繰り返す。だけど響く音は変わらず、回転剣はキブシに触れる事なく弾かれていった。
 間合いに入ったモノを問答無用で切り伏せる――これがオカトトキの剣術か……!



「まじかあいつ。全部叩き落としたぞ。」
「しかも回避行動を一切していない。死角に対する反応の遅れもなく、間合いに入ったモノを全て迎撃とは、恐ろしい技量だ。」
 日頃からロイドの曲芸剣術を経験してるあたしたちからすると、スオウがやってる事は本当に信じられない。プリムラみたいに回避と迎撃を組み合わせて対応するならともかく、一歩も動かずに全てをなんて、言っちゃ悪いけど化物だわ……どうなってんのよ、オカトトキ……
「そ、それに、すごく変……なこと、してるよ……あの人……」
 魔眼ペリドットの力であたしたち以上のモノが見えてるティアナがあたしたち以上のビックリ顔で呟いた。
「とんできた回転剣を、一つ弾く度に……刀を、一度……鞘にしまってるの……」
「……は?」
 思わずそんな声が出た。それってつまり――
「抜刀して全てを叩き落としてから納刀ではなく、抜刀、迎撃、納刀をロイドが飛ばした回転剣一つ一つに対して行っているのか。なるほど、一瞬の間にそんな動作が数十回も行われたら刀もああもなるか。」
 ティアナの呟きを受けたカラードが呆れたような顔でそう言ったからスオウの刀に視線を向けると、蜃気楼みたいに少しだけ周りを歪ませながら白い煙に覆われてるのが見えた。
「なによあれ……あの刀、どんな温度になってんのよ……」
「尋常ではない――いや、ハッキリ言って異常だ。居合故に完全に無駄な動作とまでは言わないが、あの刹那では致命的に時間を使ってしまう行為をしつつもロイドの回転剣の迎撃に間に合っているという矛盾。とても人の技とは思えないな。」
 体術で言えばあたしたちの中で――というかたぶん、学院でもトップクラスだと思うカラードがそこまで言う技量……あの男、むかつくだけの奴じゃないのね……



「……不本意ではあるが誉めてやろう。」
 怒りはあるけど、それはそれとして目の前で披露された凄まじい技に驚くオレを睨みながらキブシが不意に呟く。
「オカトトキの剣術はお前の曲芸の上を行った。だがおれの身体ではその維持が難しいらしい。」
 少し震えている右手を恨めしそうに見つめるキブシ。
 回転剣は剣がただ飛んでくるわけじゃなく、遠心力という力と共にやってくる。それはオレが両手で思いっきり剣を振った時と同等――いや、今の速さならそれを軽く超えるパワーが出ているだろう。それらを弾き落とすのだから、腕にかかる負荷はかなりのモノのはず。しかもあの速さでとなれば、強化魔法を使ったとしてもそう長くはできない……と思う。
「しかしそれは「今のままでは」という話。早々に使う事になってしまったのは腹立たしいが、おれの勝利は揺らがない。」
 実際には何度も抜刀しているのだが速すぎて見えないせいで試合開始から体勢が変わっていないキブシの両腕が、そのままのポーズで――燃えた。
「去年、おれは生徒会長――『神速』に敗北した。」
 紅蓮の炎に覆われている両腕が、まるで炭化して崩れていくかのように輪郭を失っていく。
「だがその一戦で見たモノ――自身の身体に魔法の性質を付与するという、かの魔眼にしかできない事を魔法の技量で実現するという技術の存在は、おれに新たな可能性を示した。」
 そして腕のシルエットが完全に消えると同時に、炎そのものに腕の輪郭がついていき――
「未だ完全とは言えないが、人の身体では到達できない極致、更なる高みへと、おれは上がったのだ。」
 ――キブシの両腕は炎そのものとなった。



「やや、これはビックリだね。」
 全魔眼の中で最強と言われる魔眼ユーレックの力――所有者の得意な系統の魔法が持つ性質を自分の身体に付与する能力。プロキオンの生徒会長――元生徒会長のマーガレットを『雷帝』っていう、あらゆる攻撃が通用しない無敵の状態にする規格外の力を魔法で再現し、数分間身体に「光」の性質を付与するデルフの技。あれを腕だけだけど実現したスオウに驚いてると、そのデルフがいつの間にか隣に座ってて更に驚いた。
「あ、あんたは毎回毎回いきなり現れるんじゃないわよ!」
「イメージが大きく影響する分、ちょっとしたヒラメキで昨日までできなかった事ができちゃったりするのが魔法だけど、こうもあっさりマネされると僕の立場がなくなっちゃうね。」



「無限に、とは言わないが、この試合中におれの腕が疲れを見せる事はない。さぁどうする?」
 回転剣が通用しなくても他に手が無いわけじゃないのだから、勝ち誇った顔の意味がわからないが……とりあえず挑発するように見せるニヤリとした笑いに腹が立つ……
「……仮に無限に刀を振れるとしても、オレ自身はそっちの間合いの外にいればいいだけだろう……」
「ふん、曲芸ができずともとりあえず剣士相手なら間合いの外にいれば安全というわけか? 確かに剣士にとって間合いは重要だが、そこに相手が来なければこう着する――そんなのは大昔の考えだ。騎士は、魔法を使うのだから。」
 小馬鹿にした表情に試合前からのイライラに苛立ちが追加されるのを感じていると、キブシの手が――今までは微動だにしていないように見えていた抜刀の動作が一瞬見えた。そして感じた急激な空気の動きに対し、大事を取って大きく回避したオレの横を何かが通り過ぎ、後方の壁に斬撃が刻まれた。
 ……いや、斬撃というよりは熱い何かで壁を溶かしながらなぞったような、焦げが目立つ跡だった。
「『飛炎』――太刀筋を熱に乗せて放つ技だ。普段の居合と比較すると多少遅くなる上、間合いの外ゆえに精度もだいぶ落ちるが……サーカス芸人相手ならこれで――充分だっ!」
 言葉の終わりと同時にキブシの右手がぶれ、空気の動き――熱いモノが触れた空気を膨張させながら進む感覚を無数に捉えたオレは、風を使った移動を開始する。
 あれだけの居合をこなすのだから、きっと眼もいいのだろう。飛び回るオレを正確に捉えて放たれる攻撃。真後ろなどの死角に入ればどうにかとも思ったが……あれはすり足というのか、傍から見ると少し笑える動き――体勢はそのままで地面をこすりながら回転してこちらを正面に捉えるという、攻撃される側からすると恐ろしい動きでオレを追ってきた。
 ただ、何度かの緊急回避を行いながらもそれをかわしていき、そうして段々と速度を上げていった――いや、上げざるを得なかったところ、ある段階でキブシの攻撃はオレの後を追うだけとなった。
 この速度で移動すれば大丈夫――というのがわかって少し安心したのだが、これを維持するとなるとジリ貧。オレは『飛炎』を連発するキブシに先ほどの全方位攻撃を仕掛ける。だが結果はさっきと変わらず、全て迎撃されてしまった。



「うわー、あの人斬撃を連射する固定砲台みたいになってるよー。」
「ただのすり足ではああはならないから、恐らくクォーツさんやカンパニュラさんのように足の裏で小規模の爆発を起こしているのだろう。」
「きもちわりー動きだけどな。つーかあいつ、斬撃飛ばしながらでもロイドの回転剣を全部落としたぞ? どーなってんだよ。」
「ふふふ、それは別に変ではないよ。斬撃を飛ばしながらのキブシくんは一度に迎撃できる攻撃の数が減っているけど、サードニクスくんも飛び回っている分、回転剣に割ける集中力が減っているのさ。どっちもマイナスだから結果は同じってだけだよ。」



 腕が炎になっているから――というのは理由のほんの一部で、恐らくは超速の居合ができるからこそなのだろう、凄まじい猛攻となっている斬撃の雨あられ。飛び回っているから攻撃が全方位に散っているが、真正面から全弾を受けようモノならどんな盾も即座に破られ、生身で食らえば細切れにされるだろう。
「さて、羽虫が落ちてくるのを待つのもいいが、一つダメ押しといこうか。」
 しかも割としゃべりながらなのだから、本人にはまだまだ余裕があるようだ――というような事を考えて飛んでいると、キブシの構えが初めて変化した。刀の方にググッと身体を深くひねり、抜刀の為に更なる力をためるような体勢になったかと思うと――
「『鉄火』っ!」
 今までのような抜刀後すぐに納刀ではない、抜いたままのポーズでキブシが止まった。ここにきてようやくキブシの刀、『炎刀・鬼火』の刀身を見たわけだが、それだけ力を込めて振られた刀が何を起こすのかと息をのんだ瞬間、凄まじい熱気が下から吹き付けた。
「――!」
 見ると闘技場の地面がドロドロのマグマのように赤く光り、攻撃と呼べるほどの威力ではないが、その赤い地面から上空へと凄まじい熱気が放たれている。それはジッとなんてしていられない温度で、風をまといながら高速移動しても身体が冷える気配がない熱さだった。
「――っか……」
 心なしか息もしづらい空中でふと気がつく。空気の動きからして、この高熱の空間は真っ赤になった地面を起点にドーム状に広がっている。
 そう――唯一マグマのようになっていないキブシの足元を中心にした一定空間内は温度が普通なのだ。
「気がついたか?」
 灼熱の闘技場の中、キブシは涼しい顔で先ほどの連撃を再開する。する事は変わらず、全速力で飛び回るのだが――熱のせいで体力の消耗がさっきの比じゃない。その上視界が歪み、思考にもかすみがかかる。
「お前の強さとやらを構成するモノは十二騎士から教わった剣術と体術。たまたま手にしたそれを封じれば、耐熱魔法も満足に使えないただの農民。要するに、所詮はこの程度という事。仮に耐熱魔法を使えたとしてもおれの『鉄火』を防ぐには相当魔力を込める必要があるだろうが……ともかく、今のお前はあと一分もしない内に熱くない場所――おれの近くに飛んでくる。」
 長々としゃべりながらも攻撃の手は一切緩めず、飛び回るオレを睨みつけ――いや、狙いつける。
「瞬間、その首を落として試合終了だ。」

 勝ちへの道筋。間合いに入ってこないなら来させるというわけだ。
 確かにこの熱には耐えられないし、考え無しの反射的な行動で温度が普通になっているキブシの近くに飛んでいきたい。
 というかたぶんいつものオレなら「だあああああ!?」とか言ったり思ったりしながらそうしていたかもしれない。正直、オレの……根性――的なモノでは我慢できない熱さなのだ。
 だが今は違う。試合開始から、今のオレはいつものオレと少し違う。
 イライラしている。むかついている。頭をカッとした熱が覆っている。
 だけどその……内側とでも言うのか、熱くなっている頭の中の思考は冷静だ。
 十二騎士から教わった剣術と体術……回転剣は完封され、フィリウス直伝の体術を披露しようにも、たぶんあの居合の速度の前では無意味だろう。
 しかし……だから何なのか。キブシはまだ、オレの全てを封じてはいない。

 そう……最初からキブシは……こいつはオレを――

「……あまりオレをなめるなよ……」
 水気の無い乾いた声での呟きだから聞こえるとは思わなかったが、キブシは怪訝な顔で攻撃を止めた。
「……何か言ったか『コンダクター』? 負け惜しみは見苦し――」
「なめるな、と言ったんだ。何度も言わせるな。」

 身体は未だに熱いまま。今すぐ水の中に飛び込みたいという欲求を、しかし冷たい理性が抑え込む。
 飛ばしていたプリオルの増える剣を一本に戻して回収し、マトリアさんの双剣を両手の中で回転させるだけの状態になったオレは、周囲の空気に意識を集中させる。

「曲芸剣術を封じた? ああ、お前の居合は素晴らしいよ。素直に驚いた。そしてオレの魔法はまだまだ未熟。この熱をどうこうする術はない。」
「理解できているじゃないか。あとは大人しくおれの前に来て――」
「だが、それでオレに完全勝利と浮かれるのは早計過ぎる。」
「――なんだと?」
「お前はあともう一つ……オレを倒すのに攻略しなければいけないモノを攻略していない。」
「ほほう、それはそれは。農民を立派な騎士に見せているメッキが他にもあるとはな。是非見せてもらおうか。」

 ニヤリと笑うキブシの顔――腹が立つ。頭も心も熱くなる。
 けれど行動は冷静……物理的にも精神的にも熱い身体で、けれど今までにないくらいに丁寧に、オレは魔法を発動させる。

「風だ。」



 観客席を守る為に展開されてる防御魔法。その向こうの、見ただけでもわかるくらいの高温の空間で、聞いた事のない冷たい声でロイドがそう言った瞬間、キブシの身体がのけぞった。

「――ぅおおおおおおおおおおっ!」

 スオウの制服が身体の前面に張り付き、なびく髪と上着が暴れる。顔の皮膚が後ろへと引きつり、普段の生活じゃあり得ないような、なんて表現したらいいかわからない顔になる。

「剣を回し、飛ばしている風は速度はあっても規模が小さい。細かい制御を同時に色々とやっているからそうなっているわけだが……ただ吹かすだけなら抑える必要はない。」
「――これ――しき! おれの、刀で斬ばっ!」

 物凄い強風の中、服とかが滅茶苦茶になってるけど構え自体はキープしてるスオウが……たぶんさっきの飛ぶ斬撃でロイドを攻撃しようとしたんだけど、いきなり顔面を地面に叩きつけた。同時に……『鉄火』とか言ったかしら、闘技場の中を高温にしてた魔法が解除されたらしく、マグマみたいになってた地面が黒い焦げを残して元に戻った。

「まさか、風が一方向からしか来ないとは思っていないだろう?」

 たぶんスオウが正面からの強風に抗う為に力をかけてたところに風向きを変えて後ろからの風をぶつけたんだわ。それで前方向にふんばってた力と後ろからの強風でスオウは倒れた……

「それと「これしき」って……一体何を言っているんだ? まだ回転剣を飛ばす時の風速の半分も出してないんだぞ。」

 後ろからの風に抵抗しながら顔を押さえて立ち上がろうとしてたスオウが、ロイドのその一言で動きを止める。表情は見えないけど……たぶん――
「さすがのキブシくんもゾッとしたみたいだね。」
 口調はいつも通りだけど、まるで思いがけずいいモノを見つけたみたいな、驚きと興奮が混じったような顔でデルフが呟く。
「今の風が全力じゃないとか聞いたらそーなるよな。でも風の使い手ならああいう事くらい誰でもやりそうじゃねーか? 強風に対抗する魔法とかあるんじゃねーのか?」
「どうだろうな。第八系統に詳しくないから正確なところはわからないが……ロイドの起こす風の速度――風速というのは桁違いだったりするんじゃないか?」
「ふふふ、ずばりその通りさ。」
 一瞬前の顔からコロッといつもの顔に戻ったデルフが解説を始める。
「今サードニクスくんが出しているレベルの風速、それ自体はある程度の使い手なら出せるモノだろう。けれどそれは突風どまりで、ああやって吹かせ続けようと思ったら普通は膨大な魔力を消費する事になるんだ。」
「ん? じゃあロイドの奴、今ものすげー頑張ってる状態なのか?」
「いやいや、サードニクスくんの場合は風を回転させているのさ。大抵は自分の所から相手の方へ一方通行になる風をぐるりと戻して再度相手に飛ばす――これをあの速度で実現するのは並大抵の事じゃない。曲芸剣術由来の強い回転のイメージがあってこそさ。」
「風を回転させるってそんなに難しい事なのか?」
「回す事自体は簡単さ。竜巻なんかをイメージすればすぐにでもできる。けれどあれほどの精度――完全な円を描くレベルとなると話は別。風速が上がれば上がった分だけ円の維持は難しくなり、風が暴れ出すのを抑え込む為に魔力を費やす事になるところを、サードニクスくんの強固な回転のイメージは大した負荷も無しにそれを可能とする。」
「ロイドの回転剣があれほど自在な軌道を描くのも、正確無比に風を回転させられるからこそ、というわけか。」
「ふふふ、個人的な意見としては、サードニクスくんが持つ超精度の回転のイメージは異常と言っていいレベルさ。突風を衝撃波のように使う人はいても、暴風を暴風のままで自在に操れる使い手はそういないはずだよ。」
「なるほど……経緯はともかく、もしかするとロイドの強さの新たな可能性がこの試合で開花するかもしれないな。」
 何か嬉しそうなカラードの言葉で、あたしは昨日の会話を思い出した。


『ロイドくんが怒ってる? あらあら、夫婦喧嘩だなんて色々と早いわねー。』
「そ、そういうんじゃないわよ!」
 ピリピリしてるとか雰囲気が悪いとかいうのじゃないし、あたしと話す時はいつも通りなんだけど……ふとした瞬間にちょっと怖い顔になるロイドになんとなくの不安を覚えたあたしは電話でお姉ちゃんに相談してみた。
「な、なんていうか……あんなに怒ってるところを初めて見たっていうか、いつもとの差がちょっと大きいっていうか……」
『ロイドくんが本気で怒ってるところを見て色々心配になっちゃったのね? やだもー初々しいわー。でもこればっかりは私じゃなんとも言えないから、保護者を呼ぶわ。十分くらい待っててね。』
 保護者ってまさか――って言う前に通話が切れて、ぴったり十分後に電話が鳴った。
『ほらほら、さっきの質問の答えをエリーに教えてあげてちょうだい。』
『だっはっは! いきなり呼び出されて何事かと思ったら大将の話か!』
 案の定聞こえてきたのは知り合いの中じゃたぶん一番大きな声でしゃべる人――フィリウスさんの声だった。
『大将がブチ切れたらどうなるかだったか? 俺様も一回しか見た事ないんだが、大将は騎士に向いてる怒り方をするな!』
『騎士に? それってどういう怒り方なのかしら?』
『例えば戦闘中に仲間がやられたりしてキレるとする。燃える感情で勇ましく突っ込んでくんだが、低下した判断力と力み過ぎな身体でぶっちゃけ弱くなるってのが大抵の奴だ。だが大将の場合はたまにいる逆のパターン。怒ってる事は確かなんだが頭の中は普段以上にクールでな、自分を怒らせたモノをどう料理してやるか、それだけを思考して淡々と実行するんだ。』
『あら、それは怒らせちゃいけないタイプね。外交の場にもたまにいるのよ。普段は手加減してるのか、本気にさせたらこっちの想像を数段階超える事をしてくる人って。』
『そう、まさにそれだ。いつも以上の冷静さで普段のそいつを超えてくる。大将はそういうタイプだぜ。』
「普段のロイドを超えるって……どうなるのよ……」
『選挙戦の相手に怒ってるんだろ? 曲芸剣術か風の魔法か、はたまた魔眼の力か。大将が持ってる力のどれか、もしくは全部が一段階進化するだろうな。強くなるキッカケとしちゃ上々だし、俺様としちゃもっと頻繁に怒ればいいと思うんだが、大将を怒らすには他の誰かにちょっかい出さないとダメだからな! 結構難しいんだ、これが!』
『怒らせようとするなんて、困った保護者だわ。』
『だっはっは! 愛のムチと言ってくれ!』


 一段階進化……回転剣を封じられた今、ロイドは風そのものに手を伸ばした。きっとあたしが知らない……すごく冷静な状態で。
 回転剣を飛ばし、本人を飛ばし、時に相手にも襲い掛かってたあの風が、「ただの強風」から別の何かになろうとしてるっていうの……



 魔法で起こした風を攻撃手段とするというのは別に初めての事ではない。相手の上から強風を吹き下ろしてレイテッドさんの重力魔法みたいにしてみたり、回転、圧縮した空気の塊を相手にぶつけてみたり、強風で相手の動きを邪魔してみたり……それなりに色々やっている。
 だけどこの感覚は今までと少し違う。曲芸剣術をやる上で必ず必要となる風だけど、それはあくまで剣を操る為のモノ――言うなれば曲芸剣術を形にするための部品だ。
 部品……要素の一つ。なんて勿体ない考えだろうか。

「ぐぁああ――ぬぐぅぅっ!」

 回転剣を尽く迎撃する超速の抜刀術。自身の腕を炎そのものにするという事も実現できてしまう魔法の技術。同じ事をしているわけではないから比較するのは少し違うかもしれないが、感覚的には体術も魔術もオレより上。さすがは上級生と言ったところだろうか。
 だがどうだろう、そんな格上が今、オレの起こしているただの風に満身創痍だ。歯を食いしばり、筋肉の上に血管を浮かばせて必死に抗っている。
 曲芸剣術に使っている風――これもまたオレの武器なのだ。それをオレは部品としか考えていなくて……例えるなら普通の騎士を戦場に送り届けるのに十二騎士を馬の御者にしていたような状態。きっとかつての《オウガスト》――この曲芸剣術を使いこなした伝説の騎士がオレを見たら大きくため息をついていたに違いない。
 視認できず、破壊もできない空気というモノを媒介にして相手に向かうエネルギー。壊れないが壊すこともできないそれに脅威となる威力を与えるのは速度……剣を操るという動作が無い分、今までよりものせてみよう。

「曲芸剣術から回転剣を抜いたらただの曲芸、指揮する楽器のない『コンダクター』とはジョークのようだが、この笑い話が案外と効くらしい。攻略してみろ、指揮棒の空振りを。」



 キザったらしいセリフ。いつもなら「また他の女が近づきそうなこと言って!」って思うけど……そう思えないのはロイドの表情のせい。
 無感情っていうか、相手に興味が無いっていうか……スオウそのものはどうでも良くて、ただ勝つ事だけを目的にしてる――そんな感じ……
「おいおい、ありゃ何が起きてんだ? あいつは殴られてんのか?」
 冷たい顔のロイドが見つめる先、強風にあおられてたスオウが今度は……アレキサンダーが言うように殴られてる――いえ、複数の誰かに囲まれて殴られまくってるみたいに揺れてた。

「が――ごぁ、ぐっ――!」

 何かがお腹にぶつかったのか、身体をくの字に折ったかと思ったら急に顔を横に向けてそっちへ倒れ、かと思ったら跳ねるように上を向く。見た感じ、実際に殴られてるみたいなダメージはなさそうだけど、落ち着いた姿勢にはなれずにただ踊り狂ってる。
「ああ、これはもうあと一息じゃないか。」
 何の事を言ってるのか、デルフがちょっと興奮気味な顔になる。
「自然に吹く風は基本的に人間の大きさを超えた面積でぶつかってくるから、風には全身で受ける、ぶつけるっていうイメージが定着しがちだ。特に攻撃に使えるレベルの強風となると、耳に息を吹きかけるような細く小規模な状態で吹かす事は至難の業――さっきのイメージが邪魔をするからね。けれどサードニクスくんは剣っていう、人間よりも小さなサイズのモノを回転させ、飛ばす為に速いけれど小さい風を操るっていう事を繰り返してきた。曲芸剣術においては手段に過ぎなかった風の利用価値に気づいた彼の次の一手は……!」
「……テンション高いわね、あんた……」
「ふふふ、仕方がないさ。これでも僕は強い騎士を目指して色々と勉強しているからね。歴代の凄腕の騎士や悪党たちが使った色んな魔法の記録を読んできたわけだけど、たぶん今サードニクスくんが到達しようとしている領域は前人未踏なんだよ。」
「は、はぁ?」
「自然系と呼ばれる第二から第八系統の魔法はね、それぞれにたくさんの攻撃魔法が存在しているけど、それは風や炎に「こういう状態になって相手にぶつかれ」っていう術式をかけているだけで、元は同じ――ただの風やただの炎なのさ。」
「そりゃ……同じ系統の中ならそうなんじゃない……?」
「ふふふ、つまりね、風や火を攻撃に使える形に変えられるほどの技術がないから術式っていう命令式――追加の魔力を使っているんだよ。」
「技術が……ないから……?」
「まぁまぁ、見ていればわかるよ。僕もワクワクさ。」



 いい感じだ。絶対の居合で向かってくる攻撃の全てを迎撃していたキブシがオレの風に翻弄されている。今なら回転剣も当たるだろう。
 しかしできるのか? 今キブシにぶつけている風は回転剣を飛ばす時とは速度……制御というか、イメージが少し違う。この風を維持したまま別の風を使う回転剣を飛ばす――なかなかに集中力を使いそうだが、試してみ――

「だから、お前の魔法は未熟――なのだ……!」

 回転剣を飛ばせるかどうか考えてふと視線を外した瞬間、何かが身体を通り過ぎた。さっきまで地面から吹き上げていた熱に似た何かが。

「ふん、考え事でもしていたか? 一瞬の攻撃のゆるみが命取り――たかがそれだけで集中力が削がれるのだから、平和ボケした頭という事だ、農民が!」

 考え事……そういえばオレは戦闘中に次の攻撃方法とかを考えて隙を見せる事が多い。戦いへの集中はそのままでできるようにならないといけない。これは今後の課題だ。
 それよりも――キブシが『鉄火』を放った時と同様に刀を振り抜いた姿勢で止まっている。息が荒いのはさっきまでオレの風を受けていた影響だろうが……何かしらの魔法をオレに飛ばしたのだろう。
 しかし考え事をしていたとは言え、それが例えば『飛炎』のような一撃だったなら空気の動きを感知して回避していただろう。できなかった――いや、しなければと思わなかったのは飛んできた熱が大した事なかったからだ。
 ではなんだ? キブシからすれば危機を脱するチャンス――それなりの何かをぶつけてきたはずだ。

「精神も未熟なお前には効果が大きいだろう。今お前にぶつけたのは『怒りの炎』だ。」

 聞いた事のある言葉だ。ああ、火の国での一件の後でフェンネルさんが説明してくれた魔法だ。クロドラドさんが他の魔法生物たちを怒らせるのに使った魔法――第四系統の火の魔法の領域で感情系の魔法を使うと、そういう効果をもたらす事ができるらしい。

「おれに対してある程度の怒りを覚えているようだからな、効果は更に増大する。思考を燃やす怒りで真っ白になったお前はただの獣。理性の無くなった者ほど斬りやすい。それに、怒り狂った先には見えてくるだろうな。お前の根底にある憎悪が。」

 なるほど、相手を怒らせる事で冷静さを失わせるわけか。そういえば第八系統の感情系の魔法はどんな効果があるのだろうか。

「先の選挙戦で見えたお前の記憶――あの惨状を前にしてお前に怒りが宿らないわけはない。見せてみろ『コンダクター』、お前の醜い怒りを!」



「馬鹿が。」
 デルフの解説を聞きながらロイドの進化っていうのを待ってたら、そのデルフがゾッとする声で呟いた。とてもこの男からは出そうにない一言を。
「忠告はしたというのに全くわかっていない。大方醜い怒りとやらを見せてサードニクスくんに幻滅してもらおうって事なんだろうけど、これだから何も知らない奴は……」
「デ、デルフ……?」
 恐る恐るあたしが名前を呼んでみても、デルフはイライラ……いえ、かなり怒った顔でスオウの方を睨みながらブツブツと独り言を続ける。
「ああいう経験をした者に宿る感情が命の重さも知らない奴の想像の域に収まるわけがない。ましてやサードニクスくんのそれは……まったく本当に、死にたいのかあいつは。」



 オレの得意な系統である第八系統の感情系の魔法についてはまた今度考える事として、少し妙だな。キブシが抜刀の構えをしたままニヤケ顔でオレの方を見ている。
 なぜ攻撃してこない? もしかしてオレが怒り狂うのを待っているのか? いや、それならそれでちょうどいい時間だ。こうしてオレの風から一度抜けたキブシが再度同じ攻撃にはまってくれるかどうかは怪しいわけで、次の一手は別のモノでなければならないだろう。
 風を操る感覚――魔法を空気に流し込む感触というのか、それが今までにないくらいハッキリとしている。今なら普段できない新しい事に挑戦できるというモノ、何かなかったか……
 おお、そうだそうだ。ちょうどレイテッドさんとの模擬戦でいいヒントを得たばかりじゃないか。うまくすれば今のオレにはできない『エアカッター』っていう、第八系統の攻撃魔法の基本らしいあれができるかもしれないぞ。
 レイテッドさんは「面」で物体にかかる重力の、その「面」の形状を変える事で斬撃のような効果を生む重力を放つことができる。そしてその考え方はオレの風にも適応できるのではないか――と、レイテッドさんは言っていた。
 確かに風というのは「面」で飛んでくるモノだ。回転剣を飛ばす時には細い風を使うけれど、あれだってボールくらいの断面積の風なわけで結局は「面」の形。
 この「面」を「線」にする。空気を刃物のように薄く、細くして速度はそのままに。
 いや……しかし実際の刃物は金属っていう硬い物質だからいいけど、空気を細くしても切れ味なんて生まれるのだろうか?

「……? なんだ、どういう事だ……?」

 んまぁ、考えるだけ無駄か。自然界にそんな変な風は存在しないのだし、やってみなければ結果はわからない。怒り狂って大暴れするところを期待していたのか、キブシは黙っているオレに怪訝な顔を向けている。そろそろ時間切れ……まずはチャレンジだ。



 第四系統の感情系の魔法の一つ、相手を怒らせる魔法。火の国でクロドラドが騒ぎを起こすために使った魔法……あのスオウってののそれが外見通りに怪物染みた強さだったクロドラドと同じ威力っていうか、効果を持つとは思えないけど、ただでさえ怒ってるロイドを更に怒らせるなんて――

 ゴキンッ

 フィリウスさんによるとロイドは怒ると冷静になるらしくて、単純に考えると更に怒るって言う事はもっと冷静になる事を意味するわけだから、デルフが期待する上の領域により近づくっていう意味になる――って考えてたら、あんまり聞きたくない嫌な音がした。

「――っ!? これはっ!?」

 何が起きたのか、スオウの左腕――刀の鞘を掴んでた炎の腕がダラリと下がり、普通の腕に戻った。
「今の音、肩が外れたな。」
「だな。炎になってねぇところをうまく狙ったみてーだ。つーか今、何を飛ばしたんだ?」
「いや、きっと違うよ……」
 こうもコロコロ表情が変わると少し怖いんだけど、かなりの怒り顔がもうワクワク顔に戻ってるデルフが呟く。
「細さが足りなくて棒状のモノで思いっきり肩を叩いただけになってしまったみたいだけど……今のサードニクスくんになら……」



 あれ、ダメだ。もっと細く、薄くしないと刃にならない。切れ味抜群の刃をイメージするんだ……そう、ポリアンサさんの『ヴァルキリア』みたいに――ああいや、あれは魔法の剣だからイメージするとぼんやりしてしまう。
 別の鋭い刃……そうだ、ベルナークの剣。ラクスさんの青い巨人やマトリアさんの双剣の青い刃――高出力形態になると現れる青い刀身。あれこそ割となんでも斬ってしまう刃だ。あれをイメージして……

「脱臼――ふん、さっきのように風でおれを殴ろうというわけか? だがそれも甘い。正直に言えばさっきの風の乱打には驚いたが、対応するほどの脅威もなかったから受けていただけの事。怒って威力が上がったようだがこのようなダメージ――『凰火』!」



 普通なら再度嫌な音をさせないと外れた肩っていうのは戻らないんだけど、変な……緑色の炎に身を包んだかと思ったら、スオウは左腕をグルグル回した。
「わ、あれって……回復魔法っていうのかな……肩が治った、よ……」
「師匠が言ってたやつー? 炎はエネルギーの象徴だから、ヴィルード火山の魔法生物が身体の再生に使うとかゆーあれー?」
「おや、そういう考え方が出てくるとは、二年生の授業を先取りだね。」
 いつもの爽やかな顔でニッコリするデルフ。
「それは各系統が持つ『テーマ』に関する技術さ。あんまり戦闘向けじゃないからランク戦でも使う生徒は少ないんだけど、ああいう使い方なら戦闘中でも活躍するね。けれど今の失敗した風相手ならともかく――」
 すぅっとロイドの方を指差したデルフは――悪巧みする悪党みたいな顔でニヤリと笑った。
「――これからの風には役不足じゃないかな。」

 ザンッ!

 デルフの指の先、無表情だけど物凄く怒ってるっていうのがなんとなく伝わって来る表情のロイドがぶつぶつ言いながらヘタクソな指揮者みたいに手を動かしてると、闘技場に亀裂が走った。
 ちょうど浮いてるロイドの足元からスオウがいる方向の壁まで走る亀裂――いえ、あれは……斬撃の跡……?

「……なんだと……?」

 当たってはいないんだけど、自分の後ろの方まで伸びた鋭い斬撃の跡に目を丸くするスオウ。

「ああ、大きすぎたか。もっと小さくしないとな。」

 ぶつぶつ言ってたロイドが聞き取れる声でそう言うと、今度は全然別の場所、別の方向に斬撃の跡が走った。

「『エアカッター』……? ふん、この試合中に修得したとは結構な――いや、違う、あり得ない。魔法の気配がまるでなかったぞ……」
「えぇっと……ああ、いい感じだ。」

 ちょっと青くなるスオウにロイドがそんな呟きを返すと、闘技場内の地面や壁に次々と斬撃が刻まれ始めた。
「ふふふ、気配なんて、感じ取れるとしたら同じ第八系統の使い手くらいじゃないかな、あれは。」
「な、なんなのよ……ロイドは何してんのよ……」
「『エアカッター』さ。風を刃にする魔法――ただし、『エアカッター』を作る為の術式は使わずにね。」
 ワクワクの先、心底嬉しそうな、楽しそうな顔でデルフが説明する。
「魔法の気配を感じ取れる人というのはいるし、様々な経験でそういう知覚を身につける人もいる。けれど小さすぎる音が聞こえないのと同じで、込められた魔力が少なければ気配も小さくなり、感知しづらくなる。サードニクスくんのあれは『エアカッター』であって『エアカッター』じゃない――本来『エアカッター』を形作るのに必要な術式が、それに注がれる魔力が存在していないのさ。だってあれは、サードニクスくんが「ただの風」をコントロールして作り上げたのだからね。使っている魔力は第八系統の初歩も初歩、ただ風を起こす、その為だけの魔力。曲芸剣術を剣の動きとか空気の流れじゃなくて、風を起こす為の魔法の気配を読んでかわせるような人じゃないと、あれを魔法的に感知する事はできないだろうね。」

「極端に気配の薄い『エアカッター』……そういう使い手が国王軍にいると聞いた事があるが……しかし魔法である事に変わりはない……!」

 闘技場の中にめちゃくちゃに刻まれてく斬撃が段々と落ち着いてく……いえ、ロイドが制御に慣れてく感じがする中、さっきからビックリしてばっかりだけど冷静に状況を分析するスオウが左腕を再度炎に変え、居合の構えを取る。

「魔法で生じたモノは魔法で消すことができる。これは例え時間魔法でも抗えない真理であり、魔力が少ないお前の刃は消すことも容易。薄い気配にもすぐに慣れてやる。飛ばしてみろ、その新しい曲芸――指揮棒の空振りだったか? 攻略してやろう、お前を倒すのに必要だというその最後の砦を――」

 魔法を打ち消す魔法。どの系統に対してもそういうモノがあるって昔聞いた事があるけど、これも二年生で習うのかしらとか思いながら聞いてたスオウの言葉が途切れる。
 その原因は明らかで、闘技場の大きなモニターに映ったロイドの顔が……自分に向けられたモノじゃないってわかってるのに……背筋が凍るくらいに怖かったからだ。

「あまい、未熟……さっきからそんな言葉をオレに対して飛ばしているが……お前こそ、その頭は砂糖か何かでできているのか?」

 あたしだけじゃない、ローゼルたちも他の観客たちも……鬼の形相ってわけじゃない、無表情って表現するのが一番しっくり来るその表情に声と動きを奪われる。

「『怒りの炎』……オレが醜く怒り狂うの待っていたのか、わざわざオレに練習の時間までくれて……さっきも言っただろう――」

 昔のあの事件をキッカケに、大切な人を人一番大切にするロイド。友達のキキョウに対する一件から始まって、その後何度かの挑発。ロイドが本気で怒りを感じてたこのスオウって男は、その上に感情系の魔法で『怒りの炎』までぶつけてきた。
 スオウは相当ロイドの事が気に入らないみたいで、あっちもあっちで怒りをぶつけてきてるんだけど……これまでの事とこの試合の中での事の全部が重なった今のロイドはきっとフィリウスさんが言うところの――

「――なめるな。」

 ――ブチ切れ――なんだわ……

「――っ!!!」

 次の瞬間、ロイドの表情に言葉を失ってたスオウの表情がこわばって――居合の体勢でかたまった。

「おおおおおおおおおっ!」

 ロイドの風は空気だから当然見えなくて、スオウの居合も速すぎて見えない。傍から見ると宙に浮いてスオウを見下ろしてるだけのロイドと居合のポーズで叫んでるだけのスオウ。何してるのかさっぱりなそれを観客に教えてくれる闘技場のモニターには、とんでもない光景が映ってた。
 普段の曲芸剣術で飛んでくる回転剣、それ遥かに超える数の、しかも更に速い風の刃がスオウを刻もうと吹き荒れる光景が……!
「ははは、慣れるなんて言って、間合いの中で刀を振り回して居合の盾を作るので精一杯みたいだね。」
 実際にそれを見たわけじゃないけど、さっきのロイドの怖い顔を見ても……たぶん、唯一ニンマリしてたんじゃないかと思うデルフが嬉しそうにそう言った。
「剣を回転させて飛ばすっていうのはそれはそれは難しい事だからね。サードニクスくんは軽くやっているけれどどれほど精密な風の制御が求められるのか想像もできない。だけど今は風の刃を飛ばすだけ。勿論風を刃にするのにだって相応の制御が必要なのだろうけど、どうやら回転剣よりは負荷が軽いらしい。結果、一つ一つの威力は回転剣に及ばない代わりに、数と速度が増大した新たな指揮の出来上がりさ。」

「――っ――あああああああっ!!」

 尋常じゃない速度の居合で無数の風の刃に対抗するスオウだけど、だんだんとダメージが……薄皮一枚って感じだろうけどあちこちが斬れて血が出始めた。
「これはロイドの『グングニル』を受ける時に見る光景に近いな。ミキサーに放り込まれたようなあの恐ろしさが見えない風で再現されるとは。」
 回転剣がドリルみたいに回る螺旋の槍を経験した事のあるカラードが難しい顔で呟く。
「回転剣もその速度故にそうではあるが……知覚しづらい攻撃というのは恐ろしいな。」
「だな。最近回転剣にも慣れてきたぜって思ってたのに、新技とはさすが俺らの団長ってか?」

「――ぬああああああああ――あああっ!!!」

 スオウに向かって集まっていた風が、破裂する風船みたいに突然散った。回転剣よりは簡単――とは言っても制御はそれなりに疲れるのか、ロイドが風の刃を飛ばすのを止め、スオウが刀を振り切った。

「――はー……はー……ふ、ふん……これで終わりか? 骨はあるがあっという間の攻略になりそうだな……!」

 満身創痍って顔で、それでもニヤリと笑ったスオウに対し、ロイドは――

「……まさかと思うが、これが全力だとでも?」

 ――っていう、絶望的な一言を返した。

「今のはコントロールに慣れてきたから曲芸剣術の動きでとりあえずの試運転を……準備運動をしてみただけだ。」

 すぅっと、両手を今から指揮を始める人みたいに構えるロイド。

「準備はいいか居合自慢。演奏はここからだ。」

 その一言でスオウは再び構え、ロイドの両手が振り下ろされる。また超速の居合が始まると思って闘技場のモニターに視線を移そうと思ったんだけど、その必要はなかった。

「――が……」

 居合の構えをとってたスオウの両手が垂れ下がり、握ってた刀が地面に落ちる。つま先から順番に力が抜けてくみたいにガクンと膝をついて……スオウは前のめりに倒れ込んだ。

「……一小節ももたないなんて、口ほどにもない。」

 ふわりと着地し、マトリアの剣を鞘におさめてそう呟いたロイドはくるりと背を向けて闘技場の出口へと向かった。
 あとに残ったのは倒れたスオウと……その後方の壁に新たに刻まれた無数の――いえ、おびただしい数の斬撃の跡。
 これが実戦だったら、スオウはこま切れを超えてみじん切りだったに違いないわ……



 恨みを晴らすとか怒りをぶつけるとか、あまりいいイメージのない行為ではあるけど……今のオレはここ最近のイライラがスッと消えて清々しい気分だった。
 腹の立つ相手をボコボコにしてやった――うん、やっぱりいい印象はないけどたまにはいいんじゃなかろうか。
 それにまぁ久しぶりのあの感じ……妙に感覚が鋭くなって頭が冴えるあの状態になって風の魔法の新しい段階に入れたのは大きい収穫だ。キブシ……との試合がキッカケというのはこれまた腹が立つけど……いや、キッカケはレイテッドさんとの模擬戦だ。重力で回転剣が封じられた時に風で何とかしたっていう経験と、レイテッドさんからのアドバイス。そうだとも、決してあんなののおかげじゃないぞ。
 しかし……これでオレは回転剣と相手を邪魔する風と風の刃っていう三つの武器を曲芸剣術の中に得たわけで……完成形があるとすればその全てが混ざった状態だ。
 相手の体勢を崩しながら威力のある回転剣と速度のある風の刃で攻撃する……今のところ、この三つは操る時のイメージが違うし、邪魔する風はともかく回転剣と風の刃を同時に出すっていうのは感覚的にかなりややこしい。
「……やれやれ、オレもまだまだだ。」
 スッキリした心と強くなれる可能性への期待で、オレはきっとすごくいい笑顔で空を見上げ――

「ロイくん!!」

 ――たら、空中に現れたリリーちゃんに抱きつかれて倒れた。
「んもぅ、ロイくんてば!」
「びゃ、ぼ、リリーちゃ――んんー!?」
 むぎゅっとくっつくリリーちゃんはうりうりとオレのほっぺに自分のほっぺをこすりつけ、その後キスを――物凄いキスを……!
「ぷは――びゃ……リ、リリーひゃん……!?」
「そう! ロイくんはそうじゃないと! あんなに怒っちゃやだよ!」
 ちょっと怒った顔で再度オレにキ、キスをしようと顔を近づけたところ、リリーちゃんはオレとの間に出現した氷の壁にガツンとぶつかった。
「あいたっ!」
「抜け駆け独り占めはいけないぞ、リリーくん。」
 おでこを抑えるリリーちゃんからオレを引っ張り出し、同じようにぎゅっと抱きしめてくるローゼルさん……!
「あれこれと色々されて怒るなとは言わないが……やっぱりロイドくんはいつもののほほんとした顔が一番なのだ。」
「は、はひ、すみばぁっ!」
 ふっと離れたかと思ったらローゼルさんも唇を近づけてきて、しかしそれが届く前にオレは蹴り飛ばされて真横に吹っ飛んだ。
「こ、こんなとこで何してんのよあんたたちは!」
 オレを蹴飛ばしてローゼルさんたちに怒るエリル。地面に転がるオレは「大変だなぁ」という顔をしているアレクにひょいっと起こしてもらった。
「トラピッチェさんたちではないが、しかしいつものロイドがいいというのは同意見だ。友人に恐怖するというのは嫌なモノだ。」
「でもやべー強さだったな! 次から朝の鍛錬にはあれが来るんだろ? どーすんだよ!」
「お、おう……え、オレそんなに怖い顔してたか……?」
「怖かったねー。あれはサードニクスくんから引き出してはいけない表情だと思うよ?」
 当たり前のようにいるデルフさんがあははと笑いながら肩を叩く。なんだか上機嫌だな……
「とはいえサードニクスくんが得たモノは大きかっただろう。キブシくんにもいい薬になっただろし、いい試合だった。ま、支持率の方はちょっと心配だけどね。」
「お、めっちゃ強いとこ見せちまったから人気になっちまうか?」
「ふふふ、残念ながら逆だろうね。さっきも言ったけど怒ったサードニクスくんの怖さは普段とのギャップを差し引いても桁外れだった。あれはサードニクスくんの性格的なところなのか過去の様々な経験から成ったモノなのか――何であれ良い悪いどうこうの話ではないのだけれど、影響力は大きいだろうね。」
「でも嬉しそーだよねー。ロイドを推薦してる本人のわりにー。」
 エリルの怒りが終わったのか、みんなが近くにやってきた。
「困った誤算と嬉しい誤算があって、後者の方が大きかったというだけさ。」
 ニコニコ顔のデルフさんは、そこに少しの真剣さを混ぜてオレの両肩に手を置いた。
「サードニクスくんがさっきやった事は、みんなが思っている以上にすごいことなんだ。僕個人にも大きな可能性を示してくれたしね。怒った反動の集中力で至った境地、是非モノにして欲しいね。」
 そう言うと、デルフさんは後ろから見ても機嫌がいいのがわかるウキウキステップで去って行った。



 田舎者の青年が出てきた場所とは反対側の出入り口。少なくはない男子生徒たちの前で、キブシは頭を下げていた。
「情けない限りだ。同志の無念をおれは……」
「そんな、スオウさんはおれたちの第一歩を――!」
 大事な試合で負けたスポーツ選手のような涙を流す集団に奇異の視線が向く中、そんな男子生徒たちの近くにぬっとひと際背の高い男子がやってきた。
「……お前はプロキオンの……何か用か。」
「ん? あー、おれじゃねぇ。こっちだ。」
 日焼けした筋肉が目立つ男子の後ろから、もしゃもしゃの茶色いショートカットの――女子にしか見えない男子が険しい表情で顔を出す。
「キキョウ……ふん、おれを笑いに来たのか?」
「……半分は、そう……ですね。」
「なに?」
 見るからに怒った顔になったキブシは、自分を囲んでいる男子生徒たちを押しのけてキキョウの前に立った。
「お友達の勝利で調子に乗っているようだな。虎の威を借りる狐とはまさに――」
「ぼくは。」
 キブシの言葉を静かだが強い一言が遮る。それは普段の、少なくともキブシの知るキキョウにはなかった強さだった。
「オカトトキの剣術を欠片も修得できなかったけれど、柔術を通してスオウさんと同じように武の道を歩いている。だから言わなければいけない……さっきの試合は……あまりにひどい。」
「――!! 貴様っ!」
 これまでと同じように刀を抜こうとしたキブシだったが、驚くべき事に刃が鞘から顔を出す一歩手前でキキョウの手が柄の頭を押さえ、抜刀を止められた。
 ランク戦などと同じように魔法の負荷を除く疲労などは全て回復している為、全快時とそう変わらない速度の居合。それをあっさりと封じられたのだ。
「体術も魔法の技術もスオウさんの方が上。勝敗はロイドの魔眼――アフェランドラさんと互角に戦うあの力をどうするかで決まると思っていました。けれど実際に決めたのは……スオウさん、あなたの傲慢です。」
「何をっ!」
「ロイドの攻撃を待ち、それを攻略していく……後輩を指導しようという心持ちであれば別に良かった。ですがスオウさんは得意げに打ち破る事でロイドを貶める、それしか考えていなかった……!」
「――!」
「相手の精神を揺さぶる作戦でもなんでもない、ただの自慢、ただの見せつけ。ロイドのあの怒りよう……二人の間に何があるのか、ぼくの知らないモノもあるでしょうけど、そんなモノは関係ない。スオウさんのさっきの戦い方は、流派の恥です……!」
「は、恥など……き、貴様がオカトトキを語るのか!」
「ぼくはもう、オカトトキの流派の人間ではありません。それでもぼくはキキョウ・オカトトキ――立派な剣術を伝える家に生まれた者です。あんな戦いで……ぼくの家の名に泥を塗らないで欲しい!」
 自分よりも小さく、騎士を目指す男にはまるで見えない軟弱な外見。しかし自分を見上げる眼には自分を圧倒する強い炎があり、スオウは……一歩、後ずさった。
「……!!!」
 そんな自分の反応に驚愕し、そして自分の行動を思い返しながらキキョウの言葉を照らし合わせて……再度、目を見開いた。
「それとこれはぼくの個人的な感想ですが……ロイドは将来フィリウスさんのように立派で偉大な騎士になる人です。既に勲章をもらうような戦いまで経験していて、さっきの戦いの中での進化からもわかると思いますけど、ロイドはすごい――すごく強い人なんです。そんな相手を……あなたはなめすぎです。」
 田舎者本人からも言われた言葉。
 現在の注目に至ったこれまでの全てを「十二騎士に教わったから」という一言で捉えていた――いや、その他の感情によってそう捉えてしまっていた事、その意味を理解したスオウは……
「おれは……」
 力なく、膝をついた。



「結局さー、あのサムライはここにいる誰の事が好きだったのかなー?」
 デルフがいなくなった後、マーガレットとかプリムラが来てロイドのさっきの魔法について色々聞いてきて、ついでに怖かったとかなんとかっていう話もして……そんなあれこれの後、あたしたちはひとまずの一息って事で学院の真ん中あたりにある噴水に腰かけてた。
「嫉妬の会のメンバーなわけだからという話か。この前同様、やはりわたしに告白された記憶はないぞ。」
「ああ、それなのだが少し考えてみた。」
 今となっては割とどうでもいい話題なんだけど、カラードが真面目な顔で……スオウの恋愛事情の予想を話す。
「この前トラピッチェさんが言っていたように、あの先輩は強さのみを求めて恋愛云々に興味を持たないタイプの人物だろう。それが嫉妬の会――ああいや、被害者の会の一員という事でこの中の誰かに惚れ込んでいたとして、それは恐らく今までの考えを無視する一撃――一目ぼれだったのではないだろうか。」
「あー、強さにしか興味のない奴が恋して変わるーっていうパターンだねー。」
「そして、恋愛事に関してだけは奥手という場合を除き、あの先輩の性格であれば一目ぼれした瞬間に想いを伝えていてもおかしくない。もしくは告白には至らずとも、声をかけるくらいの接触はしたはずだ。」
「つまり好きになられた人はもっと前にサムライと話した事があるはずってことー?」
「あくまで「はず」の域を出ない想像だが。」
「ふーむ、しかし「話した事があるかもしれない」という記憶は「告白された事があるかもしれない」というモノ以上に頭に残らないぞ。」
 カラードの予想じゃ一番……惚れられた可能性が高いローゼルがぼんやりと空を見上げる。
「特にわたしはこの美貌だからな。入学式の日からあれこれと注目されてぐったりしたのを覚えている。同級生も先輩も、色んな人が話しかけてきたモノだ。厳しい母さんから解放されて素敵な学院生活を想像していたところにそれだったからな、あの時もここに座って憂鬱な気分だった……」
 げんなり顔のローゼルがそう言うのを横目で見てたロイドが……もうスオウの話題になっても怖い感じにならずにケロッとした顔で――
「噴水に腰かけて憂鬱そうって、それはそれで絵になりそうですね。」
 ――って、すっとぼけた事を言った。
「うむ……うむ! そうだとも、わたしはいつでも絵になる美人妻だ。そのせいでそんな鬱々とした時でも何人かに声をかけられて困ったモノだった。とりあえずホームシックと言って誤魔化したがな。」
「じゃ、じゃあもしかしたら……そんな人、たちの一人……だったのかもしれない、ね……」
「でもそういう男の子たちが集まったのがロイくん羨ましいの会なら、ほとんどローゼルちゃんのせいだよね。ロイくんに迷惑かけて、いけないんだー。」
「ぐぬ……それを言われると……すまなかったな、ロイドくん。この美しさのせいで面倒事に巻き込んだかもしれない。」
「いや……んまぁ……はぁ……」
 なんて返したらいいのかわかんない感じのロイドがまぬけな返事をする。
「お詫びに今度ロイドくんのお願いを何でも聞こうではないか! わたしを好きにするといいぞ!」
「えぇっ!? い、いやいいですから!」
「すっとぼけロイドくんも怒る時は怒るしやらしー時はやらしー! そんな感じで普段は隠れている何かをこの機会に見せてみるのだ! 例えば……そう、わたしにこんな服を着せてみたいとか!」
「ふ、服!? んまぁ、似合うかもなぁとか考えた事のあるモノはそこそこありますけど……」
「何考えてんのよスケベ!」
「べべ、別にえっちなのじゃないぞ! 普通のやつですから!」
「あー、おいおい。なんか全部終わったーって感じにいつものドタバタ始めてるが、選挙自体はまだあるんだぞ? 支持率は下がるのかもしんねーけど、結局応援演説とかはどーすんだ、ロイド。」
 カラードに加えて、あたしたちとロイドの会話に……なんていうかさらっと入ってくるようになったアレキサンダーがそう言った。
「あ、ああ……今はオレ、レイテッドさんを応援しようかなと思っている。」
「ほう……まさかロイドくん、副会長にも浮気を……」
「違いますから! ほ、ほら、今の試合とか、オレが成長するキッカケを色々とくれて……デルフさんが言うには思っている以上に凄い結果になったみたいだし……オレの応援が後押しになるなら……その、お礼的な……」
「ふむ……誰を応援するかというのは権利と力を持っているロイドが決めるべきだろうが、仮に副会長が会長になった場合、今の会長との繋がり以上のモノが生徒会との間に生まれそうだな。生徒会メンバーではないが、半分そのようなモノ――という風に。」
「……まさかデルフ、そういう状況も狙って……」
 そういう可能性があるって思ったら全部あの銀髪の手の平の上のような気がしてくるわね……
 なんか、確かにまだ終わってないんだけど……もう全部の結末はデルフの頭の中にあるんじゃないかしら……

騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第九章 田舎者の風

結果としてロイドくんが怒るとどうなるか、そして更なる強さを得る機会となった選挙戦でしたが……毎度のことながら、そんな予定はありませんでした。レイテッドさんのヒントはいつか形になるだろうと思っていましたがこんなにすぐとは。

そんなこんななのでスオウという人物も流れでひょっこり生まれた人だったのでそんなに深く書けていませんし、普通のやられ役になってしまった気がするのですが――この人、相当強いのでまたどこかで出てくる気がします。ぼんやり考えている今後のとある事件とかで。

さて、次でいよいよ生徒会長が決まる……ような気でいますが、実際どうなりますかね。

騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第九章 田舎者の風

互いにたまった怒りをぶつける、ロイドVSスオウの選挙戦。 凄まじい剣技をみせるスオウに対し、ロイドは風の魔法で対抗するが――

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-11-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted