朝の祈り

 さばくに、森はなかった。
 雨がふるという予報を、ぼんやりとながめていた、水曜日の朝の、ねこ。くろい、ねこが、ぼくのひざのうえで、にゃあ、とひとつ、鳴く。おとうさん、というひとの、かたちを、ぼくは知らずに成長し、おかあさん、の、やさしさだけが、むねのうちにのこっていて、きょうだい、と呼べるものがいないことを、ときどき、さびしく思った。街は、赤い花に侵食され、まるで、血だまりのなかにいるみたいで、こわかったけれど、みんな、おびえながらも、生きていた。ねこは、白米よりも、パンを好んだ。かりかり、きつね色よりも、ふんわり、ほのかなきつね色の、だいたいミルク色の、トーストに、バターをとかし、スティックシュガーをふりかける。くろい、ねこ。
「きょうは、せんたくもの、ほせないな」
 ねこがいう。
 ねむたそうに、どうでもよさそうに、いって、あくびをする。ぼくのひざのうえは、さいこう、というわけではないが、さいあく、ともちがうのだそうだ。ぼくは、コーンポタージュを飲みながら、そうだね、と答える。ひざのうえで丸まるねこは、あたたかくて、ちょっとぬるくなった、湯たんぽみたいだ。さっき、ともだちからメールがきて、宿題をうつさせてくれって、ぼくは、しかたないなぁとあきれながらも、くちもとは自然と弛み、ねこの、きもちわるいかおしてる、なんて暴言を、ききながしたあと、プチトマトにフォークを突き刺した。
 学校には、ともだちがいて、家には、ねこがいるから、へいき。ときどきの、さびしさは、ときどきで、おわるの。
 見たこともない、おとうさんというひとも、もう逢えない、おかあさんも、どこかでしあわせになっていて、と、てきとうに祈ってる。

朝の祈り

朝の祈り

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-11

CC BY-NC-ND
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