恋に沈む

 くろい、と思ったのは、公園の池、水面、お習字の墨を流したみたいで、じっとみつめていると、すいこまれてしまいそうだった。
 深淵。
 おもしろくないテレビが、ときどき、電波にまじってくるし、しらないひとの被害妄想が、いつのまにか、きみのこころを、静かに、ちょっとずつ齧るみたいに蝕んで、もう、せかいって、どうしてこうもやさしくない、と思いながら、わたしは、都会のネオンにひかりをうばわれた、夜空の星を、さがしている。
 かろうじて、白い、点。
 もしかしたら、きみを救えるのは、火星かもしれないから、とりあえず祈っておくね。わたしたちのことを、胸の大きさや、髪の長さや、おしりのかたちで分別するひとびとが、むかしは、わかりやすく存在して、いまは、いないようにみせかけているけれど、ほんとうは、いるんだよって、商店街にある中華料理屋さんの、二階に住んでいる、お化粧の濃いお姉さんが云っていた。みじかいスカートからのびるあしは、細くも太くもなくて、お客さんからいい肉付きだねって褒められることを、お姉さんは、よろこんでいて、わたしは、じぶんの、やわらかいんだか、かたいんだが、よくわからない、なんだか中途半端な弾力のふとももを、制服のスカートの上から、つねってみた。
 肉だ。
 まぎれもない。
 飛行機の音がきこえるのは、たぶん、冬だから。空気が澄んでいるからという理由で、夜でもにぎやかな街の、喧騒をかいくぐって、伝わってくる。日に日にこわれてゆく、きみが、わたしの足の爪に、真っ赤なペディキュアをほどこすとき、わたしは、おんなであることを歓喜し、きみではないだれかのものさしにはかられることを、嫌悪する。つまり、恋でしょ。

恋に沈む

恋に沈む

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-07

CC BY-NC-ND
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