みんな と わたし と きみ
おわらないのは、ゆめ、くりかえし再生される、いつかの記憶が、埋没したとき、わたしの心臓のかたわらで、きみが、やすらかな寝息を立てる。
水彩絵の具で塗ったような、空の青に、秋の深まりと、もうまもなくやってくる冬の気配。
現実にいないひとびとと、恋、なんてものをする世であって、それを、個性とするならば、きっと、いずれこの世界は、なんでもゆるされるものとなるだろうと、せんせいは語る。わたしは、現代文の授業が、いちばん好きで、でも、せんせいの倫理の授業も、それなりに好きで、教室が、ストーブであたたまる頃の、だいたい二時間目、三時間目あたりの、まったりした空気に、ときどき、ねむたくなる。あの、ハムスターが、冬の寒さに凍えて、仮死状態になってしまわないために用いる、ちいさなホットカーペットみたいな、ああいうのにごろんと寝転びたい、きもちで、三時間目の数学を、なんとはなしにきいている。(つまりは、ほとんど、きいていないということ)
ゆうめいなアイドルグループを、みんなが好きとは、かぎらないよなぁと思う瞬間の、じぶんだけちょっとまわりとはちがう、という感覚は、けっこうな自己満足で形成されていて、でも、そういう個性もだいじでしょうと思いながら、わたしは、おそらく、クラスメイトはおろか、この学校のだれもしらないような、ぜんぜんゆうめいじゃないバンドを聴いて、うっすらとした優越感に、ひたっている。
わたしのなかにいる、きみは、どこかの、頭痛薬みたいに、はんぶんはやさしさでできているって、信じている。もうはんぶんは、たぶん、雑多なもの。だけど、ひとつではないからこそ、わたしのなかで、きみは、きみとして、生きているのだ。
冬が迫ってくると、夜、鹿の鳴き声がするの。
かわいそうで、かわいくて、なんだか好き。
みんな と わたし と きみ