餌付け

 むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。

「ばあさんや、わしは山へしば刈りにいってくるからの」

 おじいさんのとなりには、おばあさんがいます。ですが、おばあさんは返事もせずにカゴを背負ってクワをつかむと、家からすこしはなれた畑へといってしまいました。

 おばあさんの耳はとおくなっていたのか、ですって?

 いいえ、おじいさんとおばあさんの仲は、ずっと前からさめていたのです。

 ざっく、ざっく、ざっく。

 土をたがやすおばあさんのもとへ、畑のちかくを流れる小川をわたり、みすぼらしいカモがやってきました。

「きょうもきてくれたねえ、待っていたんだよ。さあさあ、おむすびをお食べ」

 おばあさんは嬉しそうに笑うと、大事なお昼ごはんをカモへあたえてしまいました。

「遠慮なんていらないから、お食べな。いまより大きく、もっと立派な姿になるためだよ」

 みすぼらしいカモの瞳には、感謝の気持ちがあふれているようです。

「なんだ、ばあさんめ。ちかごろやけに若々しくうきうきしていると思ったら、そういうことだったのか」

 おばあさんの様子をかくれて見ていたおじいさんは、いそいで山へはいり、あたりをきょろきょろと見まわしました。

「わしにも、いいカモはおらんかなあ」
 
 すると、がさがさ音をたてるおじいさんから逃げようとしていた可愛らしいカモが、運わるくつかまってしまいました。

「ほれほれ、わしのおむすびを、たんと食べるんじゃ」

 はじめは嫌がっていた可愛らしいカモも、美味しいおむすびの味をしってしまうと、逃げようとはしなくなりました。

「ほうほうほう、なんて可愛いのかのう。ほれ、もうひとつお食べ。なあに、わしは昼めしなどいらんのじゃよ」

 こうしておじいさんは、次の日も、そのまた次の日も、まるでおばあさんと競いあいでもするかのように、おむすびを可愛らしいカモへあたえつづけたのです。

 それから、いくつもの朝と昼と夜がすぎていった、ある日のこと。

 可愛らしかったカモは、それはもうたいへん美しいカモへと成長し、とつぜん、おじいさんとおばあさんの家へやってきました。

「おじいさま、きょうこそは、きちんとこたえていただきますわ。アタシとこのおばば、いったいどちらをとるおつもり?」

 青ざめたおじいさんはあたふたと、世間体と可愛らしかったカモをはかりへかけ、悩みはじめました。そんなおじいさんの頬をひとつ打つと、おばあさんはだまって家をでていき、小川のそばで大きな声をあげながら、おいおい泣きだしてしまいました。

「いったい、どうしたというのです? ボクの大切なひと」

 おばあさんは、こちらも美しく立派な姿へと成長していたみすぼらしかったカモへ、すべてを話してやりました。

「それはひどい、許せませんね」

 おばあさんは涙をふき、うなずきました。

「そんな家へなど、もうもどる必要はありませんよ。よかったら、ボクのところへいらっしゃい」

 それを聞くやいなや、おばあさんはみがるく小川を飛びこえました。

「なにもしてやれないボクだけれど、これからもずっと、美味しいおむすびをつくってくださいね。おばあさま」

 みすぼらしかったカモがやさしげな笑顔をむけると、おばあさんは嬉しそうによりそい、ともに歩いていきました。

 こうしておばあさんは、なにくれとなく世話をやき、みすぼらしかったカモのために一生懸命はたらいて、最後まで、おむすびをつくりつづけてすごしたのでした。

 いっぽうおじいさんは、おばあさんのでていった家で可愛らしかったカモと暮らしはじめましたが、すこしすると、可愛らしかったカモのまったく似ていない自称お兄さんがあらわれ、家を追いだされてしまったのです。

「くそう、これからじゃというときに。すきなだけおむすびを食った礼が、これかい」

 おじいさんはその足で山へはいると、大きな岩のそばへと腰かけ、いびきをかきながら眠りこんでしまいました。

 そうして、そのまま、いつまでも。

 むかしむかしあるところに、美しく成長したカモにカモられてしまった、おじいさんとおばあさんがいました、とさ。

 おしまい。

餌付け

餌付け

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-11-02

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