透明な世界に透明な手を

手に届かないものはいつだって美しい

これを自分のものに出来たなら

何度そう思ってきたことだろう

ただ、その思いはある日を境に失せてしまった

やっとの思いで自分のものにした時

それは急速に

塗装が剥離していくように 輝きを失っていった

そしてあろうことか私は

興醒めして棄ててしまったのだ

結局、手元に残ったのは

ほんの束の間の充足感と

半永久的な喪失感だけだった

夢が叶うこと、それは想像力を奪われることに似ている

そこで私は漸く悟ったのだ

私はそれに焦がれていた訳ではなく

想像すること、

そしてその想像自体に心酔していたのだと

私はもう、この手で触れることによって

私が築き上げてきた理想郷を損ないたくはない

手の届かないものは

想像で装飾できるからこそ 完全に近付くのだ

だから私は 現実ではなく虚構を愛することに決めた

私が私に裏切られるなんて目に遭うのは

もう沢山だ

私は透明な手を伸ばす 空想に向かって

想い出も空想も一緒くたにして

私は損なわれない 美しい世界で生きていくのだ

そこには私の他に 誰一人として存在しない

私は現実に身体を預けていながら

心臓の鼓動を感じて生きていながら

終わらない走馬灯を

ひとり、飽きることなく眺めている

透明な世界に透明な手を

透明な世界に透明な手を

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-29

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