十八時の恋

 めくる、ページを、そっとめくるごとに、べつに、感動するような物語でもないはずなのに、文章が、にじむ。
 きみの心臓を模ったものに、触れた。
 ハートを奪う、という行為を、言葉通りできるような世の中に、なってしまって、みんな、好きなひとの心臓の模造品を、もっている。夕方の、テレビの、ニュース、その日に起こった、かなしいできごとや、いたましいできごとを、淡々と伝える、ニュースキャスターの、ひとの、目が、ときどき、こわい。べつに、ぼくのことを、みているでもないのに。ぼくのなかに、ひそかに棲まう、わたし、という人格のことを、じっと、観察しているわけでも、ないのに。
 その本読んだら貸してよと、包丁を器用にあつかい、じゃがいもの皮を剥いているきみがいって、ぼくは、いいよと答えた。
 きみは、ぼくのにせものの心臓をみるなり、いいかたち、と微笑んで、ぼくたちは、恋人になった。
 おわりはじめた秋の、すきまから、冬がのぞいている。ほころびがおおきくなると、冬が、どんどんと、あふれだし、秋は、のみこまれてしまう。むりやりに、糸をひっぱると、星だって、ほどけていってしまう。手編みのセーターみたいに。
 明日の天気予報を、すこしだけ、やさぐれた気分で、みつめた。
 ページのうえでくりひろげられる、月並みな恋模様が、どうしてこうも、まぶしい。

十八時の恋

十八時の恋

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-20

CC BY-NC-ND
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