とけない祈り

冬麗の昼下がり

いつか訪れた庭園の

中心にひとり

ゆっくりと腰を下ろす

かつてここには

ささやかな噴水があった

そしてそれを囲むように

色とりどりの花が植わっていた

ベンチが無造作に置かれていた

簡易的なメッセージボードが乱立していた

失われたものの中には

まだ眠っている約束がある

違う

それを忘れようとして

忘れ去ろうとして

記憶の隅に追いやり

いつまでも眠らせていたのは

他でもない

私自身だったのではないか

帰らぬ人を待ちつづけるのは

あまりにも残酷で

あまりにも苦しい

あの噴水は約束を生み

あのベンチも約束を生み

あのつたないボードも約束を生んだ

約束は未来だけを示唆するものではなかった

私も約束も

さめない眠りについてしまう前に

精巧なジオラマのように

あの日々を復元しよう

忠実に再現しよう

残された私だけで

私の記憶の中だけで

ひとつずつ 蘇らせていこう

何もかもが失われたわけではないから

ここにはかつて約束があった

否、それは今もなお呼吸している

私の中に息づいている

変容することのないまま

静かな焔を上げている

まっさらになったこの場所で

瞼に浮かぶ景色をたよりに

誓う

とけない祈りをそっと

胸にかかげる

過去も未来も

今なしでは存在しない景色だから

寝ぼけまなこで空を見上げる

春の足音が近づいてくる

ここはあなたと私が

はじめて出会った場所だ

とけない祈り

とけない祈り

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-10

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