キラキラ

この作品のお題は【あかり】です。
たまに、架空の人物の怒りを吐き出したくなるときがあります。

 私は自分の名前が好きだ。
〈星〉
 こう書いて、〈あかり〉と読む。私が産まれたのは真夜中で、星がきれいに瞬き、祝福するように照らしてくれたから、そう名付けてくれたのだと、母は話してくれた。暗い夜を導く〈星〉のように、たくさんの人を助ける人になって欲しい、と。
 私は自分の名前の響きが好きだったし、漢字の字面も好きだったし、だからというわけではないが、星も好きだ。夜空に浮かぶ、遠い遠い彼方の光。何千億というそれらの中には、まだ知らない生命の息吹が、もしくは私たちよりももっと進んだ文明が、あるかもしれない。宇宙の窓に映し出された星々には無限の可能性がある。もちろん、地球も、その一つだ。
 私たちは、星の輝きの中に生きている。
 それなのに。
 小学校五年生の先生だった。私の名前を最初から呼べる人はほぼいない。それは良い。彼女はその年に転任してきた先生だった。そういう人が担任になることもあるだろう。けれど、彼女は読めなかった私の名前を読み直したあと、こう言った。
「〈あかり〉なんて読む漢字じゃないんだけど、ご両親は何を考えているのかしら」
 あのときの感覚を、どう言ったらいいのだろう。一瞬でおなかの中がぐらぐらと揺れて、熱い塊が胸にわきあがって、顔が強張った。得体の知れない感覚に、私は気分が悪くなって、授業の途中で保健室へ行った。本当に熱があって、その日は学校を早退した。
 五年生は子どもだが、それなりに分別はある。私はしばらく感情と向き合い、自分の名前と両親にケチをつけられたのだと、熱い頭の中で結論付けた。「学校で何かあった?」という母の言葉に答えることはできなかった。答えられるわけがなかった。
 次の日、私は先生に文句を言った。子どもなりに、冷静に。彼女は一瞬わけがわからないという顔をし、次いで、困ったことを言い出したという顔になって、自らのしたことを顧みることもせず「ごめんね」と言った。それだけだ。私はむしゃくしゃした気持ちを抑え、怒りもなんとか抑えて、わかりましたと答えた。
 それから、彼女に何かされたわけではない。多分彼女は、私が〝そういう子〟であると理解して、積極的に関わることを避けたのだと思う。私も同じ気持ちだったので、それはありがたかった。ただ、同級生から名前をからかわれることが増えた。曰く「〈あかり〉なんて読み方習ってねーよ」「キラキラネームちゃーん」である。呼び水がアレだったのは間違いない。腹が立ったのも間違いないが、彼女ほどの無自覚な悪意がなかったので、私は同級生を睨みつけるにとどめた。
 中学では、同級生がそのまま繰り上がったこともあり、似たようなことはあった。ただ、私の睨みが効いたことと、仲の良い先生の協力もあって、二年になる頃には揶揄はなくなっていた。高校は気楽だった。私にも同級生にももう少し分別がつき、また他にもいわゆるキラキラネームの子がいて、私の名前は日常に紛れていった。
 大学にも無事入学し、留年することなく順調に進級。そしていよいよ就職活動、だ。
 一次に受かり二次も通り、集団面接か、個別面接のとき、だ。
「君の名前は珍しいね。キラキラネームってやつ? 苦労したでしょ?」
 これはまだ良い方だ。言う奴は大体へらへらと笑っている。
「若い子の名前はほんと読めないねえ。ご両親も私らより若いんだろうけど、読めない名前を付けるってどうなんだろう。私ら世代にとっては意味不明だよ」
 余計なお世話だ。お前ら世代に気に入られるために私の名前があるわけじゃない。
「星で〈あかり〉って、わからないでもないけどさ、星って基本それ自体が光ってるわけじゃないよね。恒星の光を反射してるだけでさ、大多数の星は本来灯りになるわけじゃない。そういうとこに教養が出てくると思うんだ。僕ならそんな名前は付けないね。大体若い親御さんってのはさ、個性を作りたいとか、唯一無二のとか言って、子どものことは何も考えないで、まるで記号のように名前をつけるんだよ。君はどう思う? 自分の名前を呪ったことはないかい?」
 何社目だったか忘れたが、ダメだった。あの日感じた、熱い塊が、さらに分別のついた大人になったそのときでも、抑えられず噴き出して止まらなかった。

 あなたの名前は何と言うのでしょう? なるほど、とても平々凡々としたお名前ですね。個性の欠片もない、ありきたりな、どこにでもある、面白くもないお名前です。どうです? あなたは自分のその没個性なお名前を呪ったことはないですか? お父様やお母様を呪ったことはないですか? あ、いえ、口に出さなくてもわかります。心中お察しします。そんな凡なお名前を付けられて、大層ご両親を恨んだことでしょう。でも、あなたは立派になられた。こうやって、あなたから見れば不倶戴天、個性的な名前を持つ私のような輩を相手に面接官をし、教養を見せつけるまでになった。ご苦労されたことでしょう。私はそんなあなたと同じ土俵に立つような人間ではありません。それにきっと、御社も、あなたのような立派な人であふれているのでしょう。だから、折角この場に立たせていただいて恐縮ですが、私は御社への就職希望をここで破棄させていただきます。あなたと接していてわかりました。私は、仮に合格、内定を頂けたとしても、御社にいられるような器ではありません。自分の名を馬鹿にされたら、それだけで暴力衝動にかられるような人間です。あなたのように、口をあんぐりと開けて、一見本性とも思える頭の悪そうな顔をして、黙って聞いていられるような、大きな器の人間ではないですから。それでは、失礼いたします。

 私は何も言わせず、立ち上がって、面接室を出ていった。その後何があったかは知れないが、もちろん、その会社からは不採用の通知が届いた。印象は最悪だが、通知を送ってくるだけ良心的だなと、毛ほど評価を改めた。
 私があの面接官と同じ穴の狢だということはわかっている。我ながらひどいことを言ったものだ。ただ、全ての人が、一般的にキラキラと呼ばれる名前を嫌っているわけではないことはわかって欲しい。私は物心ついてからずっと、〈(あかり)〉という自分の名前が大好きなのだ。この名前をくれた両親が大好きで、夜空に輝く星も大好きだ。あの面接官は「星は灯りにならない」なんて言ったが、どれだけ多くの旅を、航海を、星は導いてきたのか、わかっているのだろうか。恒星だろうが惑星だろうが衛星だろうが何だろうが、星は例え自ら光らずとも慰めとなり、灯りとなって降り注ぐのだ。
 私は今、紆余曲折合って、ある科学博物館に務めている。プラネタリウムの運営と解説が主な業務だ。毎日が楽しくて仕方がない。この名前も、お客様の注意を引く良いきっかけとなっている。そういう注目の浴び方なら、大歓迎だ。
 この名前と、この名前をくれた両親に恥じぬよう、これからも未来へ〈星〉を届けていきたい。

キラキラ

キラキラ

たまに、架空の人物の怒りを吐き出したくなるときがあります。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-05

Copyrighted
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