詩、様々
秋色の吐息
おわらない秋の呼吸に触れながら彼岸花に寄り添った夕暮れの今日もなにも残らなかったと思う瞬間のむなしいとまではいかないけれどなにか物足りない感じにかばんのなかの一冊の文庫本がいやに重く感じるのは誰かの人生のことなどをひそかに想っているから街のすきまには夜の気配
重なりゆく夜の層
貝殻を耳におしあて気が遠くなるほど遥か彼方の記憶をきいた花びらを一枚ずつ丁寧に剥いだとき薄れる罪悪感に誰か吐き出すくらい甘いホイップクリームを添えてくれ安らかな眠りには必要不可欠なきみがぼくのしらないひとのとなりに横たわっている夜は早く朝に掻き消されてほしいという浅はかな祈り 思考を焼くネオンサイン
儚い午後の陽光に触れて
切り刻んだ感情の断片が目にみえるものとしてコーヒーに溶かす角砂糖みたいにシュガーポットにおさめる神さまの男の子が午睡に耽るのを眺めているあいだに私が過去に取り零してきたであろう愛のようなものの存在価値について苺のショートケーキにフォークをさしこみながら密やかに尊ぶシーツの波に揺蕩うキャラメル色のきみの髪
クラゲ
クラゲのみる夢を想いながら世界の理から二ミリほどずれたところで息をしているぼくらに差し伸べられた手がやさしさにまみれて秋と冬のあいだに降りそそぐ陽射しのようだった理科室の人体模型に寄り添い横たわっているきみの睫毛には蝶 せんせいの長い爪がぼくの肉に触れるとき恋ははじまるよ
煙草とコーヒー
けむりが喫茶店のなかをみたしている真夜中のぺらぺらとめくる週刊誌の三週間ほど前にテレビで観た芸能人の不倫騒動の記事なんて無感動しか生まないクリームソーダがエメラルドグリーンにかがやいているそれだけがいま清く貴いと思いながら煙草を咥えたまま読書に耽るきみを盗み見た長い秋の夜だ
朝の慈愛
こどもの声が夜明けとともにどこからともなく聞こえてくる空の青が海と同化する頃に心臓をちりちり焼く存在のきみがぼくのたいして肉付きのよくない骨ばった指を撫でて火にかけた薬缶がしゅんしゅんと鳴いているのがなんだか遠くの国の出来事みたいに
あの秋の別れ
さよならと誰かの別れのことばがおだやかに反響して駅の改札のざわめきが一瞬だけ止まった十月の缶コーヒーを買ってでも飲まずにモッズコートのポケットにしのばせ微笑んでいたきみがみていた世界にぼくは存在していたのだろうかと思うとき夜はすこしだけ息苦しいものとなる
詩の記憶
白い影に詩が瞬いて心臓に宿り写真のなかのきみが微笑んでいる斜光
こわいくらい眠れない夜にぼくの指先を冷やす秋雨あしたになったらすべてがおわっていると想像したアスファルトを揺らして削る大型車の振動に星が呼応する(叫ぶ)あの頃のきみの吐息は淡い色で体温はだいたい三十六度七分
駒にすらなれない
砂が鳴いて朝が砕け散った頃に海を抱いたきみが夏の亡骸を横たえる誰かのために撮影した写真には永遠におわらない恋だけが微笑みを湛えて吐き気がするほどのやさしさがいつか歪んで混沌となる現代社会を取り残してきっと神様は星をあきらめている 波に浮かぶだけの季節の死
聖域
せんせいがみていた風景に滲んだのは教室で花の首飾りを巻いて笑っていた少女たちの虚ろな瞳からあふれたなみだで夕暮れの頃の踏切の警報器の音はなにかを断罪するように鳴り響くからいつもこわいと思っていた金縛りにあったみたいにそこにいて透明なロープをぼくはにぎらされている重くてつめたい
酸素不足
想像の海を泳いで黄色い太陽が水面に映るとき空気をもとめて肺がちいさな悲鳴をあげた夢に影が射して目眩がして吐いた息のつめたさにひとりでたえているあいだにも星は静かに回転し恋をしたきみは速度を上げて落ちてゆく果てまで
雨降りの夜
だれかのためにうまれたのかもしれないと思いながら夜のまどガラスに街灯を浴びて瞬く雨のしずくを指ですくおうとする部屋にじゅうまんしていたコーヒーのにおいがやわらいでゆくのはきみがたっぷりそそぐ牛乳のせいでテレビのなかから微笑み手をふるアイドルたちはいまなにを考えているのだろうと想う 刹那的に
詩、様々