エピローグ

長年勤めた会社を今日で定年退職する。
そんな1日はあっという間に終わった。なぜなら、お別れの挨拶するだけだからだ。

「葉地保さん、おつかれさまでした」

挨拶もそこそこ、花束一つ受け取り、淡々と会社から送り出された。

見送る部署の社員たちの拍手も、どこか乾いた響きに聞こえた。



私は帰宅するため電車に揺られながら、手に持つ花束を見た。
小さな黄色いひまわりと、もう一つは名前のわからない白い花びらが咲き開く花であった。

「電車に花束抱えて乗るなんて、なんだか恥ずかしいな」

そんな思いを我慢しながら、妻が待っている自宅を目指した。



ガチャリ、とドアが開き、

「お帰りなさい」

妻が出迎えてくれた。ドアの向こうから醤油のいい匂いが漂ってきた。

「ご馳走なんて用意しなくてもいいって、今朝伝えたのに」

それでも妻は用意してくれる。わかっていたが、

「定年退職って言っても区切りだから。お祝いすることでもないよ」

強がってみせた。

「定年退職の今日は、あなたの誕生日でしょ。それに・・・・・・」

「それよりもらった花束どうしよ?」

言いかけた妻に持っていた花束を渡そうとした。
いつもなら、帰宅すれば脱いだ上着を受け取ってくれるが、花束は受け取ろうとしない。

「どうしたの?」

妻を見た。

「それに・・・・・・」

妻の眼はちょっとだけ怒っている?

「えっ、ご馳走のこと言ったのは悪気はないよ」

あわてて言い訳したが、

「記念日でしょ。今日は」

訳がわからない。

「記念日?」

「やっぱり忘れていた」

私の定年退職、私の誕生日。その他に何かあったか。妻の誕生日は、違うしな。同じ日なら忘れない。
そうか!娘の誕生日・・・・・・でもない。

「私たちの、記念日でしょ」

滑稽に考える私に呆れたのか、妻が答えた。
記念日、記念日、私たちの記念日・・・・・・あっ!

「結婚記念日か!」

思わず叫んでいた。

「そうよ、忘れすぎよ、あなた。何年も何年も」

ようやく微笑んだ妻に私は頭を垂れた。

「すまん」

「わかったなら、その花束受けとるわ」

「そんな。私が定年退職にもらった花を君に渡せない」

私が花束を妻から遠ざけると、彼女は言った。

「そのひまわりとシャクヤクの花言葉知っている?」

花束の白い花はシャクヤクだったのか、ぐらいの知識の私に花言葉なんて知っているわけがない。

「小さなひまわりの花言葉は、あなただけを見つめている。そして、白いシャクヤクの花言葉は、幸せな結婚、よ」

「へえ、そう、なのか」

今一つ理解できない私に妻がつけ加えた。

「つまりその花束は結婚記念日に渡す花束よ」

「だから?」

これ以上は私の脳が絡まりそうだっだ。そして、妻が事情を話し始めた。

「あなたの会社の方から連絡があったの。その方、あなたの誕生日と私たちの結婚記念日が一緒だって、あなたから聞かされていたそうよ。かなり以前にね」

「それでね、どうせあなたのことだから、ここ何年かは、誕生日だろうと結婚記念日だろうと忘れているだろうってね」

「それでサプライズであなたに渡す花束を結婚記念日として用意したいですって」

「でも聞かれた私はサプライズにならないのが残念だわ」

妻は私に向かって言った。

「いい同僚に恵まれたじゃない」

涙が浮かんでいた妻につられて、私も泣きそうになった。そんな、妻がクスクス笑いながら言った。

「でも、あなたの同僚、面白いはね。サプライズ用意する前に確認したいんですが、なんて聞くの」

「なんて聞いたんだ?」

私は涙をぬぐった。

「奥さん、熟年離婚の予定はないですよねって」

その返事は聞きたい私だった。

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私の定年退職のその後

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-30

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