さびしいきもち
春のおわりに、きれいだったあのひとの、イヤリングを、片方だけ海に捨てた。テレビは、うるさくて、にがてだといって、チャンネルを、湖の底に沈めたひとのことを、思い出してから、コーヒーを淹れるために、キッチンに立った。ガスコンロも、包丁も、なんとなく、こわい、と思う日々が、つづいたけれど、いまは、もう、きみに見離されることだけが、こわかった。心臓を、食い破るのは、いつも、きみのことばで、蝕むのは、同情だった。縫い合わせただけの、やさしさが、ぼくのからだを、つつんで、首に、纏わりつく、違和感は、花の蔓で、なにかがはじまる瞬間というのは、どこか物憂げだった。寂しい美術館の一角で、あのひとは、誰も見ていないあいだも、微笑んでいるから、なんだか、かなしかった。
さびしいきもち