三十年物

水月 圭世

 はたして酒は寝かせるとおいしくなるのか。それがとても気になっている。

 酒を寝かせるというには2つあると思う。1つは製造工程で必要なアルコール発酵を促す時間。もう1つは酒の個性のために、あえて時間を置くというもの。時間の経過で味の深みを出すみたいなやつだ。ワインとかウイスキーとか。管理された蔵の樽の中で色や香りが移って風味が増す。でも、そこまで意識したものでなくとも、家でつくった梅酒を飲みきれずに置いていたらおいしくなった、なんて話もよく聞く。たしかに月日を経ると色が濃くなり、とろみもついて濃縮された感じがしてくる。

 さて、実家のサイドボードに琥珀色の液体を湛えた1本の小瓶がある。ホテルのミニバーなんかに置いてあるウイスキーのボトルだ。このミニボトルはかれこれ30年ここに眠っている。その味がどうなっているのか、それが私の気になっていることなのだ。

 出会いは盆祭りだった。近所の中学校のグラウンドには櫓が組んであり、盆踊りの音頭が流れていた。櫓の周りには提灯が飾られ、校舎の前には屋台が並んだ。ヨーヨー釣りに、金魚すくい、お面やりんご飴。フィールドに芝生の植えてある小学校と違い、ただのだだっ広い地面が広がる中学校のグラウンドは、殺伐としていて小学生の私には少し怖かったけれど、この日ばかりは賑やかで心は弾んだ。盆踊りの輪から抜けると屋台を覗く。たしか綿あめを買ってもらったんだったと思う。それをかじりながら屋台の並びを歩いていると、輪投げ屋があった。

 「やりたい!」私は父にお願いした。
 「じゃあ、1回だけな。」父はそういってお金を払った。
 的屋のおじちゃんは輪を10本くれた。
 「あの辺の人形狙ったらいいんじゃない?」
 母は最下段に広めの間隔で置いてある小さい人形を指差した。人形のほかには、駄菓子屋でよく見かける10円ガムやらラムネ菓子やらが並んでいる。たしかにそれよりは人形の方がいい。狙いをつけて輪を投げる。しかし輪は人形を通り越し、上の段をも通り越して地面に落ちた。
 「えー、むずかしい。」
 二投目も見当違いな場所に飛んでいった。私はコントロールが悪いのだ。癇癪を起こしそうな私を尻目に「僕もやる。」といって弟が輪を投げた。小さい弟は輪投げの意味をあまり理解しておらず、輪をボールのように放って地面に叩きつけた。
 「手を水平にして、こう投げるんだ。」
 父は隣で投げる真似をした。イライラを抑えながら投げると、ちっとも狙ってないガムの箱に輪が当たって落ちた。
 「落ちたのはくれるの?」
 「射的じゃないんだから、ダメ。」おじちゃんは答えた。
 「えーーーーーーー。」
 私の機嫌が悪くなってきたからか、お母さんもやってみよ、といって母も輪を投げた。だが、はっきりいって私よりまともにボールが投げられない母は、当然のことながら失敗した。満を持して父が投げたが、これも失敗に終わる。

 「私が投げるの!」私は残りの輪をひったくった。
 「水平に構えてな。」自分だって失敗したくせに、父は隣で指導した。
 私はもう一度腕を水平に構えた。きちんと狙いを定めて。そう自分に言い聞かせた。人形を見つめ、深呼吸する。そして、輪を投げた。構えた腕をまっすぐに伸ばした先からひょいと飛んだ輪は、人形の2つ隣の小さな瓶に引っかかった。
「やった!」
 私は飛び上がった。ついに景品を手に入れたのだ。よし、この調子で。そう思って投げた残りの輪は浮ついた私の気分と同じでふわりと舞って地面に落ちた。それでも、私は上機嫌だった。 

 「おめでとう。」
 差し出された小瓶には印象的な赤いラベルが貼ってあり、何か外国の文字が書いてあった。瓶をかざすと薄い茶色の液体は裸電球の光を受けてユラユラと輝いた。

 「よくやった。」父はいった。
 「これ、なあに?」私は尋ねた。
 「ウイスキーよ。お酒。」母が答える。
 「だから、お父さんがもらうわ、な。」父は付け加えた。
 「ダメだよ、私がとったんだから、私のだもん。」私は猛烈に反対した。
 「何言ってんだ、お前は酒なんか飲めないだろ。」
 「飲まなくていいもん。」
 「飲まなくて酒の意味があるか!」

 私と父は喧嘩になったが、大きくなったら飲めばいいしね、と母がなだめて、そのウイスキーは晴れて私のものとなった。

 家に帰ると、居間にあるサイドボードに小瓶を飾った。サイドボードの中の異国情緒漂う小瓶はいかにもおしゃれで高級に見えた。私はときどき小瓶を取り出し、光に透かして眺めた。いったいどんな味がするんだろう。私は経験したことのないウイスキーの味を想像して、ボトルを開けるその日を夢見ていた。

 高校生になる頃には受験なんかで忙しく、ウイスキーのことはすっかり忘れ去っていた。それが大学生になり、お酒を嗜むようになったとき、突然記憶が蘇ったのだ。ウイスキーを好んで飲んでいたということも関係していると思う。あのボトルを開けなければ、私はそう思った。

 実家に帰ると、小瓶はあいかわらずサイドボードの中にあった。久しぶりにそれを取り出し、ラベルをまじまじと見つめる。

 SUNTORY RED

 一番最初に思い浮かんだのは、国産かよ、だったことを否定しない。というか家には角瓶がよく置いてあったのだから、少し冷静になればSUNTORYは読めたはずだ。でも、そんなことにはちっとも気づかなかった。ハリウッド映画の見過ぎで舶来品に憧れていたのも手伝って、思い込みが激しい私はラベルのデザインも何か違うものに見えていたのだと思う。妄想のなかの特別感と現実の平凡さのギャップに戸惑いながら、しばらくの間それを眺め、昔やっていたように窓から注ぐ光に透かした。小瓶はとても綺麗だった。それから、10円ガムの隣にあったんだもんねと結論づけ、そのまま小瓶をサイドボードにしまいこんだ。

 そして30年が経過した現在も、私はいまだにその小瓶を開けることができないでいる。スーパーや酒屋の陳列棚に並ぶREDを見るたびに、私の小瓶のことを思う。ラベルは日に焼けて、いくばくかの貫禄も出てきたように感じられる。昔仕込んだ梅酒のように、私のウイスキーの色もずいぶん濃くなったような。

もしかしたら……。

もしかしたら、長い長い年月の中で何か奇跡の変化が起きていて、もしかしたらものすごくおいしいかもしれない。小瓶はそんな私の幻想の中に今も佇んでいる。

三十年物

三十年物

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-09-07

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