いつかの帰る場所

 せんせい、かなしいゆめばかり、みていた。
 うすむらさき色の、夜明けの空に、くじらが、ゆうがに泳いでゆくのを、ぼくは、砂浜から、ぼんやりとながめていた。砂は、ときどき、きゅ、と鳴いた。波の音が、より近くに感じられて、そして、すこしだけこわかった。このまま、じぶんのからだが、海の一部になってしまいそうな、感覚は、現代の、すべてのいきものたちの生まれたところが、海だったとはいえ、おかあさんにとりこまれる、という想像は、やっぱり、ちょっと、こわいと思った。夏のおわりの、四時の空気は、ひんやりしていて、くじらは、うらやましいくらい、じゆうだった。せんせいは、かなしいゆめばかりをみていた、せんせいは、さっき、海にかえって、また夜にねって、手をふりながら、まだ仄暗い、海のなかにじゃぶじゃぶとはいってゆく、せんせいのせなかを、みえなくなるまで、みつめていた。せんせいは、すでに、おかあさんに帰還している、ひとなので、海のなかが、生活圏であって、ぼくのところにくるのは、ようは、夜遊びみたいなノリなのかなと思っていて、でも、せんせいは、ちゃんと、まいにち、ぼくの家にやってきては、ごはんをたべて、話をして、テレビを観て、いっしょに眠って、みじかい時間だけれど、こちらでも生活をしている、という感じだった。さいきん、本を読んで意味を知った、逢瀬、という言葉が、しっくりきているのだけれど、逢瀬、と言い表すには、ぼくと、せんせいのあいだには、なんだか物足りなさもあった。ぼくも、海に、おかあさんに、一度、とりこまれてしまえば、せんせいと、等しいものになれると、わかってはいて、でも、まだ、不安、の方がおおきくて、せんせいは、無理しないでいいよと、やさしく微笑むのだった。
 砂の鳴き声にまじって、だれかが、ぼくを呼んでいる。

いつかの帰る場所

いつかの帰る場所

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-07

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND