ガラスの瞳

 涼やかな声に、目が醒める。記憶の片隅から、溶け出してゆくものの正体が、未だにわからないまま、腐敗した幸福の残骸を拾い集めて、学校の屋上から撒き散らす。葬る。
 あの、寂しげに揺れる瞳の裏で、不安と相反するものが見え隠れしたとき、すこしだけ、君という存在が怖くなった。なまえのない生きものたちを愛でる、君が、静かに見つめている星のかたちは、微妙に僕らの見据えているそれと異なっていて、夏でもマイナス温度の博物館の地下室で、まだ誰の目にも触れていない未知なる生きものと対峙する君の表情は、慈しみのなかにも仄暗い憎悪がないまぜになっている感じだった。色で例えるならば、深い青の底に、不自然な赤い斑模様が幽かに浮かんでいるような。
 君は、僕にしか見えない、君だった。
 僕は、でも、僕にしか見えない君のすべてを否定しても、生き永らえたいと思った。
 近い将来、君は完全なる人形となって、僕の傍らで微笑む、たましいのうつわとなる。
 エレクトリックのすきまから、世界は綻んでゆく。

ガラスの瞳

ガラスの瞳

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-06

CC BY-NC-ND
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