暁を越えて

 しあわせをかみしめるように、ひとびとが、夜明けの空を見上げて、からだのなかの、しんぞうにいちばんちかいところの、臓器・器官が、ちいさく鳴くとき、きみが、かがやいていた季節を思い出す。
 都会の釣り堀で、ワニが、喧噪と共に横たわっている。てのひらのうえで、たおやかに踊るこどもたちと、なにもかもをあきらめて、ただ微笑みを貼りつけただけの、おとなたちのあいだで、うまれおちてゆくばかりの、もの。アイスクリーム、バニラの、ミントの葉と、ウエハースだけが添えられた、シンプルさを、いつも、ひそかに、うらやましく思っていて、わたしは、いまはもう、あの宇宙からみたじぶんたちの星の青さの根源である海の、そばにたたずむ白い家の、二階の窓辺にしかあらわれない、きみのことを、一瞬でも忘れたくはなかった。ひとと、ものとにあふれかえった、駅のなかの商業施設の、騒々しいベンチにすわって、図書館で借りた分厚い昆虫図鑑をながめていた、きみの、ページをめくる指のかたちも。
 こわい、という感情が、マシュマロになればいいのに。

暁を越えて

暁を越えて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-05

CC BY-NC-ND
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