シーザーサラダ

小さなこと


ようやくノートパソコンの電源を落としたのは日付が変わった頃。

いつも仕事が終わると大体こんな時間になる。
「自分の部屋でできる仕事を」と思い今の職をみつけたがそれは予想以上に忙しく、私の要領の悪さも手伝っていつもこの時間になってしまう。

私は仕事が終わると、そのまま一階にあるコンビニエンスストアに行く。
無造作に束ねた髪と化粧っけのない顔。
魚眼レンズのようなメガネは高校生の頃に買った物で蝶番がゆるくなっている。
ユニクロで買ったグレーのスウェットとパーカーは身体に馴染みきってしまっていて、まるで身体の一部のようだ。
時々「このスウェットは私の身体から剥がすことができるのだろうか」なんて思ってしまう。
そんな格好で私はコンビニエンスストアへ行く。

少し無理をして借りたマンションのエレベーターはいつも静かで滅多にひとに会わない。
マンションのオートロックのドアからコンビニエンスストアの自動ドアへ。
雑誌の見出しを横目で流して350mlのスーパードライとシーザーサラダを買う。
いつものルートと、いつものビールと、いつものシーザーサラダ。それ以外は買わない。
それらを持ってレジに行くと、そこには必ずここの店長か若いアルバイトの男の子が交代で立っていた。
今夜はアルバイトの男の子だった。

私は買い物を済ませ、自分の部屋へ帰る。
部屋のドアを開けたその時だけ分かる「自分のにおい」が好きで少し大きめに呼吸をする。
テーブルに置きっぱなしだったスマートフォンを数時間ぶりに確認するとメッセージの通知があった。
それは「同窓会のお知らせ」だった。



同窓会は私をダメにした。

そこにはいろんな「現実」が集まっていて、私の「今」がとても惨めなものに思えた。
ひとのものが欲しくなったり。
ひとのことが良く思えたり。
そんなのは無いものねだりなのは分かっているし、そんなに良いものでもないことも分かっている。
だけど、思わずにはいられない。そんな夜だった。

お洒落をして化粧もして。
慣れないコンタクトレンズはごろごろしている。
滅多につけない香水もつけたけど、すべてが安っぽくて、偽者で、ぎこちなかった。
別に「綺麗になったね」とか「大人になったね」なんて言ってほしいわけじゃなかったけど、それ以上は言葉にしたくない。

私は同窓会の帰り、その格好のままいつものコンビニエンスストアに寄った。
いつものルートと、いつものビールと、いつものシーザーサラダ。
しかし今夜はシーザーサラダじゃなくチキンソテーを手に取った。
慣れないヒールを鳴らしながらレジへ向かう。
取ってつけたような香水のにおいが鼻につく。
今夜はアルバイトの男の子だった。

バーコードを読む音が響く。

「今日はシーザーサラダじゃないんですね」

彼の突然の言葉に私は驚いた。
その彼の言葉にわたしは「あ、はい」としか言えなかった。
はじめて会話を交わした彼の声は透き通っていて、心地よく空気を揺らした。

「ありがとうございました」

私の背中に彼の声が業務的にぶつかる。
両側から引っ張られていた心の糸が緩んでいくのが分かった。

コンビニエンスストアに入るときとコンビニエンスストアを出たとき。

何かが少し違う気がした。

シーザーサラダ

シーザーサラダ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-30

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