女の姿態4️⃣

女の姿態4️⃣


-夢遊-

 金銭感覚を指摘すると、長い遠距離の交合の後の短い同居を事も無げに解消して、女は家を出た。女の関心は既に新しい利益を求めて、全く異質な世界を漂っていたのだった。
 しかし、その後も二人の曖昧な関係は断片的に続いた。そして、2年後に男は頸椎の手術をし不能になった。性愛の饗宴は終演を迎えようとしていたのである。
 あの時、最後の局面で女が性具を持ってきた。陰茎に装着するものだ。友達から買ったと言う。
 悲痛な体調と二人の離反が確定的な時期だったから、性具の意味が男には皆目理解できない。男の性愛を刺激した女の裸体も、既に崩落した肉の塊でしかない。まして、小さなブティックを経営する、やはり四〇を幾分越えたその女は年下にも関わらず女をリードしている雰囲気だ。
 その女は離婚を相談した仲人と不倫したという、嘔吐を催す様な行状の持ち主だから、女に絶交を示唆した経緯があった。しかし、女と別れてから知ったのだが、ねずみ講や詐欺商法に、二人を含む女達のグループは、金銭欲に目を眩ませて亡者の様に群れていたのだ。
 男は女の秘された金銭欲と背景の全容を知らなかった。知る術もなかった。

 あの時、男は呼び寄せられる様に女と白蛇を見たあの山寺にいた。
 長椅子に夢に遊ぶ様に安逸に居眠りをする老爺がいる。目覚めて暫く話すと男を自宅に誘う。一晩話した。 老爺は仏陀の普遍を求めてある宗派から離脱した信念の僧だった。男は越し方のありのままを全て開示した。
 翌日の朝、異形の僧は男の得度を許した。
 三ヶ月後に、突然だったが安らかな最期だったと、老爺の夫人からひっそりと知らせがあった。まるで夢幻に似た出来事だった。

 あの時、大正の盛夏に、五四で大病を患い縁者が失せた、貧乏物書きの宗教研究家にして社会主義者の男の午睡を、前触れもなく訪ねる二人の女があった。
 茫茫として迎え入れると、五〇半ばの江戸小紋で涼やかに壱子と笑み、五〇がらみの竜胆色のワンピースで闊達に丹子と破顔して名乗った。
 男の廃仏毀釈に関する些か危うい一文を地方紙で読み肝銘したと感謝し、詳しく教えを乞いたいとも言う。
装いも面もちも違うが、二人ともあからさまに爛熟した肢体だ。
 壱子は柿、丹子は桃の、極みまで熟した風合いで、歯をたてれば薄皮の隠微な汁がたちどころにもしたたる淫蕩な風情だ。異父の姉妹だと言う。
 釈迦の普遍性を求めた異形の僧の父が宗教団体を創り興隆させたが、突発の変死で関係者の軋轢が激しく、教団が存亡の難局だと嘆息する。
 その再建の助力を男に、こもごもあるべきもない艶な媚態で懇願するのだった。
 男はいささか困惑した。学識上も眼前の流麗な当事者達にも食指は動く。しかし、現下のはかばかしくない健康の躊躇が無念に否定する。
 男の病状を慈愛の眼差しで聞き届けると、二人は快癒させよう、診察しようと各々が急き込む。丹子は看護婦だとも笑む。
男の意思を待たずに姉妹がにわかに立ち上がる。
 姉妹は足踏みの微塵もみせず、微風にそよぐ陽炎の様に衣服をなよやかに払い落とした。巨匠の描きたての油絵から抜け出た芳醇な裸体が艶やかに光る。寂寞たる侘び住まいに万華の大輪が開いた。
 壱子の滑らかなマッサージを受けながら、丹子の問診に答える。
 いつとは知れず、横たわる男の、姉が口を吸い、妹がやはり濃厚な唇で下半身を懇ろに独占する。
 勃起などあれほど諦念していたのに、身体そのものが逸物に変化して脈動の雄叫びが再生した。その衝撃を壱子に挿入した。かつて記憶にない絶妙な法悦だ。次は丹子だと思い、目を向けると女の破顔が崩れ光に溶解した。
もしや、この異変は夢ではないかと、もうひとつの意識を取り戻した男は疑念した。そして、愉楽のただ中で、この夢よ頑なに覚めるなと願ったのである。

 あの時、夢をみた。
 突然に現れたそれは存在しているというよりも、存在感があると述懐するのが正確だ。
 それは光そのものだった。しかし、確かに何物かが構造されている。そして同質の光に包まれている。光の中に光で作られた物質があるのだ。光なのに即物的な確かな量感があるのだ。
 そして、視線の様に、明晰なある感覚を放射している。その放射そのものが例えようもない未知の快楽なのだ。
 そして、その漠然とした光の構造は、乳房も膣もなく女体である筈もないのに、しかし、紛れもなく女だと、訳もなく男は直感した。女神だと思い、菩薩か如来かと反問した。
 光は無機物なのだから情愛があるはずもない。だから、光で構造されているその女に情欲があるとは思えない。しかし、その光は情愛とも情欲とも名状しがたい熱量を放射している。
 女が揺らぎ笑む。その笑みが夢の全体に広がり男を包みこむ。
 男の懇願に女の笑みがふくよかに同意した。
男は挿入した。膣とおぼしき空間の窪みが迎え絡み付く。神秘の官能に男の総身が包み込まれる。
 女は光が踊る様に様々な姿態を繰り広げる。だが微塵も淫靡ではない。だが、愉楽と悦楽は例えようもないのである。
 それは性なのか精神なのか。精神そのものが性交しているのではないか。
 男は生身のあの女との時間を思った。
 女との色情のみに終始した快楽には精神がなかった。思えば、肉への執着などは無意味で全く無価値なものだったのである。
 男は、この光の夢の記憶を携えてさえいれば生きていけるのだと、安堵したのだった。

 あの時、そして、原発が爆発した。男は発狂するかと思うほど怒った。
 精神のバランスを保つ為に、男は異民の論理を構築して異民になった。そして、あの国から分離独立した共和国を創設したのであった。

 振り向かない女、置き去りにする女、夢見る夢子、欲しがる女、食う女、二股の女、金をせびり出さない女。 騙す女、嘘をつく女、何ももしない女、出来ない女、眠りすぎる女、甲高い声の女、鮫肌の女、笑わない、笑いすぎる女、虫歯を放置する女、悪酔いする女、尻軽女、汚い女陰、本を読まない女、投票しない女、育児放棄、虐待、浮気、サラ金、パチンコ、麻薬の女、失踪する女。そして、同質の総量のあの国の男達。

 男が関与した、あるいは伝えられるあの国の国民という形態の本質は自己愛だ。利自愛だ。自己中心主義に相違ない。
 その淫らに狂ったあの国と決別できたのは、男にとっては原発爆発の唯一の恩恵だ。


-終末-

 男の性愛は昇華する事なく、女の利自愛と金銭欲に見事に敗戦したのだった。
 例えば、女の性癖に恒常的に応え、女の欲情を余すことなく充足させていたら、女を必ず俘虜に出来ただろうか。そして、説諭して情愛への昇華が確認出来ただろうか。
毎日丹念に女を洗い、足の指や陰核をしゃぶり犬の姿態で情交したら、女は男の意思を受容する僕に変身しただろうか。そして、強欲な利自愛を放棄しただろうか。これこそ陳腐な幻想だ。
 女は快楽に耽溺し、さらに刺激的的な未知の享楽の性戯を求めたに違いない。業とはそれほど罪深いものだ。
 因業に根差した異常な金銭欲は重篤な精神の病だ。治癒するには人生観を変える程の劇薬がいる。
 釈迦は、我が子を育てる滋養の為に他人の赤子を奪って食う鬼子母神を改心させる為に、彼女の赤子をさらい殺害を示唆して懺悔を迫った、という法話がある。ましてや、法悦などは陶酔をもたらす麻薬の様なもので、劇薬とは対極の概念なのだ。しかし、麻薬はじわじわとその存在すら蝕む。自戒できない女もその命運に従い、破滅の奈落への道を辿らざるを得ないのか。
 永別の最後に、女は男の最初で最後の指摘に答え自らを守銭奴であると認めた。これはある意味では救いだろう。男と別れても、覚醒する日が、もしかしたらあるかも知れない。
 しかし、暫く後に、男が全く想像だにしなかった女の行状がほぼ明らかになった。それは紛れもなく男をも詐欺の対象とした犯罪だった。女の業は男の世界とは決して交わらないただならぬ地平に放浪していたのだ。
だからこのエピソードは、あの国に蔓延する自己中心主義者、すなわち強欲な犯罪者の心理分析でもある。
 しかし、一人の女の一部分の構造を分解したところで、あの国の女一般に通じるものかは、男には未だにわからない。
 だが、自己愛や利自主義が深刻に罪深いのは、古代から普遍的に断定的に確かだ。

 まるで実在する人物をスケッチした様なこんな私小説は書くべきではなかった。極めて後味が悪い。消去したいぐらいだ。
私小説のスタイルか、登場人物か、実在したモデルの人格か、テーマのない致命的欠陥か。
何れにしても不快なのである。
 これは、原発の爆発で放射能攻撃を受けてあの国から分離独立し、縄文の魂を国是として、利自愛を亡国の危険な思想として禁じ、もちろん歴史的に何らの関わりを持たず加虐の象徴の天皇制を採らない、この新生共和国の市民の筆者の偽らざる心象だ。
 物語の最後に、登場した二人が別れて一〇年になると、男の友人である筆者は設定した。
 私達は、あの原発のあの爆発以来、被爆地のある精神病院の一室で、狂人を装い未だに同居している。
 あの国からあまりに無惨な洗礼を受けた私達は、話し合って次第に融合し、今では、私が彼なのか、彼が私なのか、瞭然としない程だ。
 そして、私達が構築する思想は、あの国の加虐に反撃し壊滅する総量を持つから、服薬などしなくとも、私達は正気を保てるのだ。
 その男に託された遺言を書き置こう。
 未だにかの国にあって、もはや異国の民となり、今や老後のとば口で終末の原野の未知に佇む、習作の憐れむべき主人公の女に類の幸あれ。


-終-

女の姿態4️⃣

女の姿態4️⃣

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-28

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