ひとりぼっちの歌

 ストリートミュージシャンって、さいきん、いるの、とたずねられ、わたしは、わかりません、と答えました。せんせいは、ふうん、とうなずいて、とにかく、夜遊びはほどほどにね、とだけ言って、コンビニのホットコーヒーを片手に、赤い車の助手席に乗り込みました。運転席には、芸能人みたいなサングラスをした、髪の長い女の人がいて、顔が小さいのか、サングラスがやたらと大きくみえました。夜なのに、サングラスをしているなんて、なんかいけ好かない、とも思ったけれど、それは、サングラスをしていることがいけ好かないのではなくて、せんせいとのかんけい、二十一時の、月のきれいな夜に、独身のせんせいといっしょにいるということは、すなわち、そういうことであろうという想像からの、たんなる嫉妬であると、わたしはわかっていました。背負った黒いギターケースは、わたしのもので、たしかに、わたしは、夜の街に、歌う場所を求めてさまよっていて、でも、せんせいがいうところの、ストリートミュージシャンと呼べるほどの、経験も、実力も、度胸も、わたしにはないのでした。歌う場所を求めているなんて、ただの言い訳。歌おうと思えば、どこでも歌えるのに、歌う場所がないことを理由に歌わないわたしは、いくじなしで、今夜もこうして、コンビニの前で途方に暮れていたのでした。コンビニは、いつも、誰かがいて、明るいので、あんしんします。せんせいは、あの、恋人と思しき女の人と、どこに行くのだろうとかんがえて、わたしはますます、みじめな気分になってきます。ギターケースがいつもより、ずっしりと重たい。歌手になりたいことを、そういえば、わたしは、誰にも話していないなあと、ぼんやり思いながら、公衆電話のとなりにしゃがみました。まだ、なにもはじまっていないのに、もう、すべてがおわってしまったみたいな、喪失感。ふたり、もしくは、さんにんで、歌っているひとたちを羨ましいと思い、ひとりで歌っているひとには、妬ましさを抱いてしまう。わたしは、夜空を見上げました。
 わたしだけが、この星で、ひとりぼっちみたいな感覚が、腹立たしいことに、わたしのからだのなかに、あたらしい音楽を鳴らすのです。

ひとりぼっちの歌

ひとりぼっちの歌

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-07-24

CC BY-NC-ND
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