Depletion

深山瀬怜/浅谷てるる

来月公開予定の「終わりへ向かう始まりの歌」及び弊サークルから発行されている同人誌「ぼくの手がまだ触れない」と同一世界の話になります。

 こういう仕事をしていると、命を狙ってくる人もいる。それだけ恨まれているということだが、それ自体は慣れていた。流れた血は決して少なくない。けれどこのパターンは想定していなかった。
(……僕としたことが、油断したな)
 今日の行動を思い返せば、どこで盛られたかは大体想像がつく。そこから犯人も絞られた。これは命を狙っての行動ではない。とはいえ同じくらい最悪の行為だ。
(――あの俗物め)
 麻美に命じて人払いは済ませた。この部屋に監視カメラ等が仕掛けられていないことも確認した。ついでにあの愚昧な男は社会的に殺しておくように言った。利用する人間の弱みは握っておくものだ。そろそろ切りどきではあったし、いい機会だ。
 問題は、あの下衆に盛られた薬だ。おそらく催淫剤の類。そこからあの性根の腐った男の目的も透けて見える。
(抱けば自分のものになると思ってるところが浅はかなんだよ)
 そもそもこんなことをしたところで、あんな奴に体を許してやるつもりは毛頭ない。デザートイーグルで脳天をぶち抜かれなかっただけありがたいと思ってほしい。
(即効性じゃないってことは逆に厄介だな……何時間で効果が切れるのか……)
 涼しい部屋でじっとしているのに汗が滲む。効果はかなり強いらしく、布が触れるだけで腹の奥底に熱が溜まっていくのがわかる。自分が女であることを意識してしまう瞬間。この瞬間が、一番嫌いだ。
「……っ、最悪だ……」
 こんな姿を誰かに見せられるはずはない。女性と関係を持ったときだって、僕はいつも抱く方だ。そして男とは――ただ一人を除いて、肉体関係を持ったことはない。
 考えてみたことはあった。けれどどうしても男性器を腟内に入れることを想像すると、気持ち悪いという感情が勝ってしまう。それどころか自分が女性の体を持っていることすら嫌だ。――どうせ雌としての機能は持っていないというのに。
 それなのにあの子のことだけは受け入れられると、そんなことを思ってしまう。この体に受け入れたところでもう何の意味もないのだと、何も残しはしないのだとわかっていても。
 締め切られた厚い扉に体を預けて、ずるずると座り込む。薬の作用でぼんやりする頭の中に、少し前に聞いたあの子の声が響く。
 一緒に暮らしていた頃より低くなった声。喉仏が隆起した首筋のライン。僕より高くなった身長。色素が少し薄い髪色と、棘があるくせに優しい瞳。女性のものと見分けがつかないくらい細く長い指。その全てをはっきりと思い出せる自分の記憶力が今は憎かった。
「彰……っ」
 わかっている。敵になった僕には、こうやって名前を呼ぶ資格も本当はないのだ。彼にした仕打ちを覚えているだろう、と責め立てるような自分の声も響く。けれど強制的に高められた熱が体の奥で暴れ出す。
「んっ……ぅ……っ、はぁ……っ」
 姉さん、と呼ぶ声が頭の中で谺する。弟として見られなくなったのは、愛とは呼べない醜い感情で君を穢してしまったのは、もう随分と前のことだ。今だって君の意思とは関係なく、触れられることを想像してしまっている。
 黒いワイシャツのボタンを外し、インナーの上から胸に触れる。布越しのもどかしい刺激ですら今は毒のように全身に響いた。
「っ……あ、っ……」
 左手で胸を触りながら、右手でベルトを外す。下着はもう使い物にならないほどに湿り気を帯びていた。目を閉じて下着の中に手を入れる。鮮明に記憶に焼き付いた細身の手が既に蜜が溢れている性器に触れた。
「……っ!」
 咄嗟に左手で口を押さえて、嬌声はその中に吸い込まれていった。誰にも聞こえないとわかっていても、自分自身が自分の声を聞きたくなかった。軽く触れるだけではしたなく響く水音に耳を塞ぎたくなる。それなのに指は誘われるように僕の奥深くへと入っていく。
《――姉さん》
 違う。これは僕が描いている都合の良い妄想だ。けれど都合が良すぎて抗えない。本当はこれを望んでいたのだろう、と本能が理性を裏切っていく。
 噛み締めた唇から鉄の味がする。それを舐め取られて、深く唇を重ねられた。妄想だとわかっていてもその甘い口づけに脳が溶けていく。
「彰……っ」
《――噛むなよ》
 口の中に入り込む長い指。駄目だ。そんなことをされたら、声が抑えられない。腟内を優しく刺激されて、もう死んだはずの器官が疼く。
「彰……っ、ぁ、あ」
《どうしてほしいか、言ってみろよ》
 君を穢したくないと思っているのに、どうして君にしか感じないのだろうか。君のことを考えるだけで容易く昇り詰めてしまえるのに、どうして他の人では駄目なのだろう。
 君になら、この躰を貫かれても構わないのに。
 許されないとわかっていても、譫言(うわごと)のように応えてしまう。
「っ、ぁ……い……せて……ッ……!」
 僕は何をしているのだろう。聞こえる声は幻に過ぎないのに、それに懇願するなんて馬鹿馬鹿しい。それなのに一番弱い部分に触れる指を、彰のものとして受け入れてしまう。
「……っ、ぁ……ぅ、あ……!」
 指先まで痺れるような感覚に体を縮こまらせながら達しても、熱は引くどころか更に強くなっているようだった。僕自身に温められた指をゆっくり引き抜くと、その刺激にさえ声をあげてしまう。
「……はぁ……いつになったら切れるんだ、これ……」
 ぐったりとその場に蹲りながら思いつく限りの悪態を口にする。あの下衆野郎のせいで、と思いながらも、指は再び熱の坩堝に伸びていく。
 もしこれが彰だったら――熱に浮かされた思考を止められない。機能していないはずの部分が疼いて、赦されざる欲望を孕む。
 
 ――君が僕の存在までも侵し尽くして、そのまま殺してくれたら幸せなのに。

Depletion

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