水玉姉妹、宇宙を目指す

深山瀬怜/浅谷てるる

水玉姉妹、宇宙を目指す

 体を洗いながらふと横を見ると、妹のミカが浴槽の縁に一つ一つ丁寧に水滴を落としていた。何をしているの、と聞くと、水玉を作ってたの、と答えが返ってくる。ミカの手元を見てみると、水滴のドームが一列に十個くらい並んでいる。
 指先に少しだけ水をすくって、重力に任せて浴槽の縁に落とす。そうやってこの水玉はできているらしい。ミカは真剣な顔をして、その単純な作業を繰り返していた。
「それ、楽しい?」
「うん」
 やっぱりミカは変わっている、と思う。でも考えてみたら、子供の頃なんて、私もよくわからない遊びをしていたような気もする。
 いや、もう少しよく考えたら私の方が変なことをしていたかもしれない。私はどうやっても半球の水玉しか作れないのが嫌だった。玉というからにはやはり完全な球がいい。でも球の形で水を留めておくことはできない。重力は残念ながら地球にいる以上絶対のルールだ。
「おねえちゃんもやる?」
 首をかしげてミカが言う。今は球体の水玉どころか半球の水玉にも興味はない。この前服屋で見つけた水玉のブラウスは来週お小遣いをもらったら買いに行くつもりだけど。
「私は宇宙に行けたらやろうかな」
「宇宙?」
「宇宙に行くと、重力がないから水が真ん丸になってふわふわ浮くんだよ」
「そっかぁ、宇宙すごいね!」
 何かまたミカに変なことを教えてしまった気がする。お母さんに怒られたばかりなのに。エミが変なことばっかり教えるから、って。
 私としてはそんなつもりはない。別に生きていればそのうちわかることだけを教えているだけだ。多分Eテレを毎日見続けるだけでも手に入る程度の知識。問題はミカがそれをあまりにも素直に受け止めすぎて、教えられたらしばらくそれで頭がいっぱいになって、心ここにあらずになってしまうということだ。でも子供なんてそんなもんじゃないの、と私は思うのだが、どうもそれは違うらしい。ミカは他の子とは違う。他の子と同じことができない。それについて母はずいぶん頭を悩ませているようだ。
「いつか、一緒に宇宙に行こうか」
 ミカは変わっているのかもしれない。でも子供の頃の私はミカに少し似ていた。いつも心はどこか遠くにいて、お遊戯会とかどうでもよかった。
 でも私の夢想の世界はいつの間にかなくなってしまった。私は普通の人になった。多分世の中そんなもんだったんだろう。神童だって二十歳過ぎればただの人。変わり者もそれなりにはなる。
 でもミカを見ていると、そのままだったらよかったのにな、と思ってしまうこともある。心がいつもどこかに旅していたあのときの方が、世界は煌めいて見えていた。
 ミカと一緒に宇宙に行ったら、あの輝きを見られるだろうか。真ん丸の、私が求めた完全な水玉を二人で眺めて、ついでに麦茶の水玉とかオレンジジュースの水玉とかも作って笑い合えたりするんだろうか。
「いつ行く? 今から?」
「今はまだ無理かなぁ」
 ZOZOTOWNの社長に直談判しても、多分今すぐは無理だ。でもすでにミカの心は宇宙に旅しているらしい。規則的に並んでいた半球の水玉の上に雫が落ちて、小さな水溜まりができあがっていた。

水玉姉妹、宇宙を目指す

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
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