再会の場面

仕事の合間に入った書店で、タカは前から来る女が何故か目に付いた。
「サキ」
思わず声を出した。
女は立ち止まり、ゆっくりと微笑んだ。
「あなたなのね。」

「ヒールの無い靴だ。」タカはサキの足元を見つめた。
「きみがハイヒールを履かない日が来るとは想像しなかった。」
言ってから、サキが手に持った本に気付いた。マタニティ、と書いてある。
「3か月なのよ。」サキはレジへと向かい、支払いを済ませた。
「おめでとう。」
2人はそのまま店の外へ出た。

サキは少し先の店にマタニティ用品を買いに行く途中だと言った。2人は並んで歩いた。
「3年だ。」タカは言った。「あれから僕はいつも君を探していた。駅のホームや映画館や。」
「連絡しようと思えば出来たはずよ。」サキは言った。「郊外に越したのよ。今日は検診なの。」
フラットシューズにゆったりしたワンピースのサキとスーツを着たタカは、ビルや店が並ぶ街をゆっくり歩いた。

 3年前、タカはカメラマン志望で、サキは雑誌の編集アシスタントをしていた。2人のデートは芝居や音楽が多かった。芸術論を交わす事も良くあった。
旦那となった人は理系のエンジニアで、そう言う事には興味が無いのだとサキは言った。
タカもカメラマンを諦めて、カメラ部品メーカーの営業をしている。夕飯を食べる女友達はいるが、それ以上の関係は居ない。
 サキを被写体にして写真を撮る事もあった。サキの骨格はしっかりとしていて美しい、とタカは言った。君の頭蓋骨が好きだと。

「がっかりさせたんじゃないかしら。」
「君は変わらないよ。」
「5キロ太ったわ。」
サキの骨格が浮き出るモノクロの写真を撮った日の事を、タカは思い出す。あの写真はもう無い。
2人だけの記録だ。
今2人で並んで歩く偶然も、何て言う事の無いただの記録として過ぎた。

再会の場面

再会の場面

  • 小説
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更新日
登録日
2020-07-10

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