本を読むこと

あおい はる

拙いながらも小説や散文を書き始めて、すでに十年以上が経過するなかで、はじめて書いたときにうまれた、じぶんなりの信念は、妙なこだわり、がちがちにかためられた固定概念となって、いつのまにかねじまがり、がんじがらめになって、さいきんは、くるしいと感じることが多かったです。
それは書く側としてではなく、誰かの作品を読む上で、その偏屈にも似たこだわりが、明らかに視野を狭めていました。
わたしはほんとうに、本を読むのが好きなのか?
本を楽しく読めているのか?
そんな疑問を抱くようになり、さいきんは季節の変わり目ということもあってか、心身ともにひどくもやもやと過ごしていたために、一度すっきりリセットしてみようといまのじぶんを振り返ってみたときに、わたしはじぶんがかっこいいと思うばかりに避けてきたもの、見てくればかりを気にして疎んできたものが、実は、わたしにはとてもしっくりきていることを、十何年経って思い知りました。
思い知ったといっても、目から鱗、というより、ああ、やっぱりなぁ、という感じ。
セメントで塗り固めていた表面が剥がれ落ち、ひた隠しにしていたものがあらわになって、けれども、その、理想ばかりを追い求めるがあまりに隠していたものが、無理をしていない、ありのままの姿でいられる自然体のじぶんなのだと気がつきました。
うそいつわっていたのではないのです。こういうにんげんになりたいと思うあまり、じぶんにはないものを持っている誰かに憧れるばかりで、わたしは、たいせつなことを忘れてしまっていたのです。
それに気づいたとき、重苦しかったからだが、すこしずつ軽くなっていきました。
柔和になった気持ちで、あらためて本と向き合ってみると、この十何年のじぶんは、すごくもったいないことをしていたと思います。
でも、こういう時間があったからこそ、知れたこと、学んだことも多く、あらためて気づかされることもあって、もったいないけれど、無駄ではなかったのだと前向きに捉えることにしました。
なんでも前向きに、楽しく考えられるのがいちばんです。
というわけで、いまはどんどん読みたい本も増えて、限られた時間のなかでする読書を癒しのごとく楽しんでおります。
もちろん、書くこともあいかわらず楽しんでおり、ツイッターとはすこしばかりまた距離を置いていますが、こちらではほぼ毎日なにかしらを書いていますので、気が向いたときにでも見に来ていただけたら幸いです。

本を読むこと

本を読むこと

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-07-05

CC BY-NC-ND
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