冥利

湯田 夏

まだ蒸し暑い夏の宵。

山の中腹にある、そこの小さな社を祀る神社は、賑やかで明るかった。

お囃子の軽快な音色が流れ、提灯に照らされたやぐらを囲むように出店の明かりがまぶしいくらいだ。

「お父さんのおじいちゃんが子供のときから祭りはあるの?」

初めて祭りに来たのだろう。小さな男の子が手をつなぐ父親に聞いていた。
そんな男の子はアニメのキャラクターのお面をつけている。

「違うよ。昔からだよ」

祭りに集まる人々が多くなってきていた。父親は男の子がはぐれないようにつないだ手を優しく、さらに引き寄せながら答えた。
そんな父親も狐のお面をつけていた。

「それじゃ、お父さんのおじいちゃんのおじいちゃんが子供のときからなの?」

「もーと昔からあるんだよ、このお祭りは」

小さな手が父親の手をひっぱりながら、男の子は言おうとする。

「じゃあね、おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんの・・・」

ははは、と笑いながら父親が男の子に、互いのお面をくっつけて教えた。

「千年もの昔からあるんだよ。この、お面祭りは」

──その親子以外の、周りの誰もが様々なお面をつけているのだった。

「千年?」

男の子が頭を傾けながら聞いた。

「むずかしい答えだったかな。うーん、おじいちゃんのおじいちゃんが50人並ぶのかな」

「わかんない」

無邪気に男の子が父親に言った。

「なんかかゆいよ」

男の子が今度はお面のすき間から顔を掻こうとする。
勢いお面がずり上がり外れそうだ。

「暑いよ。お面外していい?」

泣きそうなぐずる声で男の子が聞いてきた。

「どうしてお祭りにお面をつけないとダメなの?」

「それはね」

そう言って父親が男の子の前にしゃがみこんだときだった。
父親の動きで親子の足が止まった。

ドサッ。

男の子に、ひょっとこのお面をつけた男がぶつかった。

「ごめんよ、坊や。大丈夫かい?」

「いえ、こちらこそ、急に立ち止まりまして」

うなずく男の子を抱きしめながら、父親はひょっとこのお面の男に頭を下げた。

「そうかい、なら良かった」

ひょっとこのお面越しからでも男の安堵の表情が想像できた。

「ところで、このお面をつけるお祭りなんだが・・・」

どうやらひょっとこのお面の男にも親子の会話が耳に届いていたらしい。

「神様がね、人々にこっそり利益を授けようとしたんだけど、誰に授ければいいか悩んでね」

語るひょっとこのお面の男を父親は見ていた。黒みかかった灰色の浴衣が似合う素顔は爽やかな青年のようだ。なのにしゃべりは穏やかで、声を聞けば落ち着く感じだ。
男の子も夢中に、ひょっとこのお面の男の話を聞いているのであった。

「悩む神様は考えた。印をつけた人々にこっそり利益を授けようと。その印が、このお面なのさ」

「へえー」

男の子の返事が、本当に理解できたのか、心配な父親だったが、

「だからね、お祭りのあいだはお面を取ってはいけないんだよ」

言うと、もう一度、ギュッと抱きしめた。

「うん、わかった!」

元気に叫ぶ男の子だった。

「さあ、存分に祭りを楽しもう」

ひょっとこのお面の男もそう言うと、親子から離れて祭りのまぶしい明かりに溶け込んで消えていったのだった。



──ひょっとこのお面の男は毎年祭りを楽しみしていた。そして、毎年祭りに来ていた。
それも千年もの昔から。

そう、ひょっとこのお面の男は神様だった。えっ?神様が利益を授ける人を選ぶため?

いいえ、神様は祭りが大好きで、自らも参加したいと、顔がバレないようにお面をつけることにしたんだとさ。
神様だけお面をつければ目立つから、それなら祭りに参加するみんながお面をつける。そんな祭りにしたんだとさ。



もし、あなたが人々がお面だらけの祭りに出会ったら、神様が紛れているのかも・・・・・・。
本当に、こっそり御利益がいただける、ならいいですね。

冥利

冥利

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-06-30

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