ブルックリンストリートバー





ロータリーを回っても,
ブルックリンストリートバーはなく,
5時を過ぎたら街が起き,
電車がバスより先に行く。







書き込み式のカレンダーは
ブルックリンストリートバーから記念に貰った。
それは一日一日を書き込んで増やしていく,
という書き込み式の変わったもので,
月の終わりには空白がなくなり,
次の日には新たに迎える月と共に一面が空白になる。
遅々とした職人はこうやって
ひと月かけて各月のカレンダーを作ってるように思った。
そのカレンダーはその年最後の日を迎えて完成する。
そして多分売れない。
(迎えた来年に去年のカレンダーを人は,
それ自体特別な「理由」がないと買わない。)。
それは結局,自分しか見ない自分のカレンダーのように,
自宅で育てる植物の根っこを伸ばすように,
大事に熱心に書いた日々,ということになる。
歩きながらするブリッジビルディング。
信頼できる頑丈なブロックを1個置き,
進んではまた1個置き,進むという不確かだけど確実な,
その建設途中で減っていた煙草は,
結局は喫むのを止めるまでに至った。
そこに因果関係なんてないと思う。
(やっていたことは一日一日を書き続けたことだし,
喫煙中でも目一杯深く息を吸って,長く吐かないことも十分出来た。)。
短いスパンで長く言えば,
翌日に着ようと昨夜用意した服が
次の日の空気を通った自分に鏡の前で合わないように,
長いスパンで短く言えば,
去年の即戦力となったモデルの服が
次の年のファッションの流れに引っ掛かるように,
止めたのだ。
ブルックリンストリートバーの店内は
禁煙とは言わなかったし,
実際通っていた時に煙草を喫みもした。
そして書き込み式のカレンダーは
ブルックリンストリートバーから贈られ,
そして貰った。
喫煙と書き込み式カレンダー。
今年の残りも少なくなって,
煙草を喫まれず,また袋も破られていない。






『朝を最初に踏んだ人は
確かに生活する。
空気抜きのために階段を上がり
壊れないように窓を開け,
風を受けたら階下に降り,
木の根っこを残した廊下を転けないよう,
乗り越えて,
滑車のような三日月の引力から
主に塩分を濾過した今朝の水を貰い,
出来るだけ等価の,明日の切符を桶の真ん中に置く。
使えば美味しくパンが焼けそうなその水に手を浸し,
それから一度目をタオルで手を拭ってから
二度目は私のエプロンを掴むようにしてまた手を拭う。
それから跳びはねるカウンターに置いた気分で
(何があったの?と聞くように),
ゆっくりと布巾を動かし掃除する。
電話の子機の頭は撫でなきゃ機嫌を損なう,
そこを特に注意する。
そのうちに鳴る電話は今朝の朝食を予報する。
そのメニューは一度だって被らない。
それぐらいに朝食は,
豊富なメニューを抱えているのだった。』
(「ブルックリンストリートバー」)。







アロマキャンドルを点けようと思い,
パパから拝借した箱には使えるマッチが数本残っていた。
『ブルックリンストリートバー』と箱に印刷された文字の頭から,
再生するように発火する混合物を擦る。
ため息二つで消えそうな揺らめく火を,
アロマキャンドルの,露出した芯に触れさせた。
映された火,アロマの香り。
『ブルックリンストリートバー』の火は消してから,
過去のアルバムをまた捲ることを再開した。
数えていた,
よく身に付けたニット帽をまた見つけて頁を進める
(ニット帽は捲る方向を戻れば,1頁目からすぐにでも見つかった)。
けれどもニット帽を,身に付けなくなったことはまだ見当たらない。
それは飼い猫のカルロも一緒で,
帰って来てから脱いでそのままにしていたマフラーに
1人と1匹で身を寄せている。







暖かい日はあっても大分寒くなってきた今頃,
ニット帽は活躍する。
お気に入りだったものは星が大きくプリントされ,
昼間より夜過ぎに映えた。
遅いバイト終わりでも心細くなく
(星は瞬くものだから),
BLTサンドも買ってスキップもした。
帰宅後しばらくするまで脱がずにニット帽は,
私を上から支えたのだ。
そこに,
捨てた理由よりもなく
失くす事情も手元になかったので,
星とニット帽は曇りの日と同じようにただ見当たらず,
帰りが遅いバイトも辞めた。
そこに,
手掛かりは2つあって,
最後に身に付けたときと
最初に身に付けなくなったときだった。
恐らくニット帽は
その合間にスッポリと落ちてしまったと考えた。
贈り物用の凝った袋が落ちた本棚の裏のように,
キッチン側でお気に入りの布巾を滑り落とした冷蔵庫と作る隙間のように,
少なくともその姿を見ることは出来ると思った。
いつか取れる,と安心したかった。
ハイスクール,
その次にユニヴァーシティのとある学部と卒業し,
社会人となって暫くした時期までニット帽はしっかりと写っていた。
温かいティーを飲んだ。
そして一枚の写真はブレていた。
アルバム入りした理由は今考えても景色だと思う
(通る人の息遣いも楽しめそうな素敵な街並みだ)。
しかし自身の姿だけ抜き取れば,
それは成功とは言えないタイミングで押されたシャッターだった。
何かを見つけたとも
あるいは映ることを拒んだとも感じるブレに
ニット帽はついて来ていなかった。
そして手には普段飲まない(それは今も飲まない),
冷たい珈琲を入れたカップがあった。
寒そうな夜景の中,
写り込んだ同じカップと違って湯気立つ気配もないそれを,
なぜ買ったのか,全部飲んだのか。
気になることはテーブルに並べられるぐらいあったが,
隣の写真の引き締まった笑顔からも,
友人と抱き合う姿からもその理由はなかった。
そして振り返る今,
ティーは温かく飲むが珈琲はそうでない。
ブロッコリーも三食のうち二食の機会に食べる。
朝も布団と一緒に毛布を取って,カルロより部屋を早く往き来し
星は時折,酔っ払いながらも見た。
ニット帽も思い出したばかりだった。
姿も見えない陥穽を,
いつの間にか飛び越えて。
ニット帽の星は人口的な光にチカチカ輝いた。
だから数少ないライトの陥穽の中でチカチカと
瞬いて,いると思う。
『ブルックリンストリートバー』のマッチで燃やす。
光よ届けと願いを込める。







『夜を最後に踏んだのは
さっそく狭く,空も高かった日だった。
冷え込む空気は猫以上に狭い場所が好きらしく,
コートは一度は改めて着直した。
そこにある無意味さなんて気にしなかった。
気持ちを店内から切り替える意味もあったからだ。
高く冷えた夜は暗く,
観劇には不便な狭さと距離感を調整することもせずに
右から左に雲を流しては次々と登場させていた。
何番星かも知らない。
増してや第一発見者が付けたかもしれない名前も知らない。
気のせいかとも思える瞬きは,
往来する雲間にチカチカと未熟な隠れん坊を続けていた。
痛い鼻を庇うように顔の下半分を巻いていたため,
自己認識下で自らの顔は目元が偉く強調されていた。
だからか,
雲間を作っていた雲は通るのをやめ
(あるいは通る場所を変え),
チカチカだけが落ち着かずに何番星はその姿を晒した。
近くの水溜りには写らない狭く高い空にあるそれは
本当に思えず,
瞬きのリズムに自己の瞬きを混ぜ,最後には消してしまおうと思った。
一生分として何回瞬きをするか,寡聞にして知らないが,
半分は減らしたと感じた。
片目のコンタクトレンズがズレて手鏡で直し,
暫く瞼を開けたくなくなった。
自然なタイミングで開いた狭く高いそこから
射し込んだ光線は,驚きとともに底を失くした。
照らし出された店外は,近くのゴミ箱もまるごとに吸収した。
反射神経で視力を失うことはなかった。
けれどもチカチカとした遊びごと,
時間はすっかり変わってしまったのだった。
コンタクトレンズは調子を上げ
先の大通りに置かれてる
自販機の新商品の名称も
(広告のウリさえ),
文字どおり読み砕けた。
後ろを振り返れば行き止まりで,
狭く高いのは作り上げられたビルの隙間になった。
マフラーから吐く息は生暖かく,
それはその夜に飲んだものを纏めたアルコールの匂いがした。
最後のカクテルの名称は下で転がすように言えなかった。
歩み出す必要があった。
それは夜を,
最後に踏んだ日だった
(ここで暗かったのは時間のせいで,
バーでは夜にカクテル等を飲みたくなる以上に,
ブルックリンストリートバーに直接の関係はない。)。』。







自分の店の,店内に入る。
他意なく例えば少し足の調子が悪くても,
滞りなく椅子に座ってカウンターに着ける。
良いワックスで磨いていることは無関係でない。
心は込められている
(店主じゃなくとも,従業員であっても)。
着くと急がずにバーテンダーは
ゆっくりとオーダーを尋ねる。
そこにカクテルを頼めば,
いい深さで住める魚のように
バーテンダーは納得してカクテルを作り始める。
少しの間を置き聞こえてくるシェイカーに耳を澄ませば
店内で流れるピアノやウッドベース,静かなドラミングもそっと聴こえる。
リクエストに応えているのだ。
見れば耳を傾けるカップルも居た。
そうしてグラスに乗ってカクテルはやって来る。
傾けて飲めば美味しい味をバーテンダーに合図する。
変わらない常連客の1人に対するように,さらに返事が返って来る。
あとは気分だ。
時折に喋ればいい。
店名が記されたマッチ箱を利用して煙草に火をつけ,喫む。
目に入った書き込む式のカレンダーには正午を過ぎた今日が書き込まれていた。
あと数日。
そこに見える終わりに向けて今も準備運動を怠っていない。
(よく筋肉を伸ばし,骨を整えるように)。
訪問して帰って行く人々は思い出を話してくれ,
その全てを置いてはいかず,帰り易いくらいに残して行った。
嬉しかった。
強い握手に,
そっと添える手に,
最後に向けて折られる折り紙のように
1度ずつ,1度ずつ向かう完成を思った。
そのまま連れて行くと決めていたテーブルウォッチを手に取る。
焦げ茶色の木製の外観に傷はなく,
変えたばかりの電池はまだまだ時を刻めると動く。
長針と短針との役割分担は時計の世界を保っていた。
そろそろかなと考え,
背面に手を伸ばし,目覚ましのスイッチを入れる。
これからはこれで起きると決めたら,
演奏が終わりを迎え,拍手で迎えられた。
バーテンダーに合図して彼らのオーダーを叶えようと思った。
ついでに自分も加えよう。
1つ1つ,叶えるべきなのだ。







『個人的な喜びが枝葉を伸ばす中で,
思い出が詰まって実になり
たまに鳥が泊まれば記念日になる。
散髪したら葉っぱは改まり,
等身大のシルエットのままの当時も壁に映す。
一貫した幹持つ,樹々のカレンダーみたいだ。
ニット帽は気に入られ,今日もまた身につけられる。
明日はどうかは分からなくても』
(「常連客の残す詩(うた)」)。






ロータリーを回っても,
ブルックリンストリートバーはなく,
5時を過ぎたら街が起き,
電車がバスより先に行く。
飲み足りない気分は抱えたまま,
新調したコートは試着したとおり軽く
肩は疲れていない。
朝食を考えるがこれといって指せない気持ちは
豊富なメニューを北から南へと行ったり来たりする。
だから偶然に任せるとする。
高くなっても良いと思う。







一刻も早いバスを思い,
時刻表と時計を照らし合わせる。
まだある5分間に何を思うか考えてその余りを費やす。
朝食のことを除き,
ブルックリンストリートバーのことを思い,
冬支度のことを考えた。
コンタクトレンズを保存液で洗ってから眼鏡に変え,
マフラーやニット帽,厚手の靴下を手に入れることにする。
それは書き込まれた今日の,
これからの予定になる。
それは頭上で朝のカラスが鳴いても
変わりはしないだろう。






ブルックリンストリートバーがあった世界を回って,
ロータリーにバスはやって来る。
回数券は自動的。
バスは一応手動だ。






開かれる扉を前に
隠れ忘れた猫がやって来る。
目が合って何もなかった。
星は空で瞬いていた。






偶然にも朝食はもう決まったのだ。
そのことはカクテルと一緒にバーで話したい。

ブルックリンストリートバー

ブルックリンストリートバー

  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-10

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