小説「一度、あきらめた場所で」第3部

小説「一度、あきらめた場所で」第3部

3日間

第15声「一通りの雨を経験した後」

 
「僕のつまずき」



 友達と遊んだ

ドライブ中に、メールをくれた、あの友達だ。


遊ぶことなく終わったあのメール以降、時々、メールが来るようになった。

メールの内容は、特別な事はなく
遊ぶ約束をして、僕の家やその友達の家で、TVゲームをしたり、何処かでお酒を呑んだり。
その友達は、親の手伝いをしていて、その関係の話しを聞いたり。
その親が経営している洒落たバーに行ったり。
日常に流れたTVや話題、互いが共有した過去の想い出。
たわいのない話しが9割9分9厘。
中学生の頃、大学生の頃の遊び方、時間の過ごし方の延長のやり取り。
それをお互いが求めた。

僕はゲームを買って、その友達を家に呼んだ。
何年も振りにゲームを買って、しかもゲームの機体まで(プレステ3なのだが)。

昔、持っていたゲーム「バイオハザード」シリーズの“6”が近日発売するとの事をインターネットで知り、
4や5が発売されていたのか…と。
僕が知っていた頃から、そこまで続いていたのか…と、
時間の流れを感じて…何故だか、急にやってみたくなった。

ニコニコ動画のゲーム実況というのを知り、それにハマって。
バイオハザードシリーズのゲーム実況を視聴するようになった。
バイオハザードが特別好きだった、という訳ではないのだけど、むしろ恐くて、敬遠していたし…。
だから、このとき、時間をやり過ごす何かが必要だった。

それで結局、6の発売を待ちきれずに…プレステ3と、
そのソフトで有ったバイオハザードの“5”を買い、その友達の家に持ち込んだ。


僕は楽しかった。

自分が好きで買ったものだから。
自分がニコニコ動画で前もって知った、攻略のコツを試しながら、
自分本位に友達に手解きして、知ったかプレイが出来たから。
自分が好きなもので他人と時間を共有できたから。

でも、その友達は途中まで付き合ってくれた後
「疲れた」「このゲーム、酔うわ」と。
確かに、このゲームの操作は慣れないと、画面の切り替わりで気持ち悪くなるのだが。
そこで、「あれはいいわ」と、再び会うとき、やることはなかった。


ある時、

その友達がメールで「そういうの好きなら、こういうゲーム(僕が)好きかもしれない」と、
自分が好きで、尚かつ、僕にも合うだろうゲームを持って来てくれて、
彼はそのまま貸してもくれたし、僕はやってみた。

だけど、なんだか合わなかった。


僕の趣味なのか、彼との誤差なのか、
「そういうの好きなら、こういうゲーム(僕が)好きかもしれない」という彼の気持ち。
彼の家に持っていったバイオハザード5を遊んだ僕の気持ち。
お互いが、好意で選んだものなのに。
彼との趣味の隔たり、彼と共有した中学や大学時代の過ごし方の頃、
それとは、もう
僕と彼の時間は離れて、異なるテキスト、異なる興味、異なる考え方、隠し切れず、
こうして再び、共有しようとしてみても、それは、その隔たりが浮き上がってきてしまう。
時間を共有することが、やはり難しくなっている


そう気づいてからも、彼が持ってきたゲームをやった。難しかった。
僕は、あんまりゲームは得意ではないし…必要ない…と、改めて思った。

僕がこうした普通の、お酒を飲んだり、TVゲームをしたり、
友達の愚痴に付き合ったりする、その時間の過ごし方
それは、これまでの僕には退屈で(今でも多少は…)必要なかった
でも、その時間のやり過ごし方が、
この人生の長さに付き合うための息抜きの一環なんだと思い直してみたが、
それで良いのだろうか。

その生き方、僕は、やはり時間を無為に過ごしている。

僕は、堕落したのか?

もう一度、自分が過ごしてる環境を見直している。


この場所が、僕の日常だ

「日常に在りふれた何かから、変わろう」と、
一通りの雨を経験した後、僕は、日常に戻って来ている


このザマ

第16声「高速バス、11月中旬、北海道」

「それで、ちょうどいい」

今年の雪の降り始めは予想外の積雪になり、高速道路の途中区間が通行止め。
それにより、到着予定よりも1時間ーー遅くなる見込みのようだ。
それが却って、この旅路を考えるものにしてくれる。


高速バス、11月中旬、北海道。


僕が持ち込んだのは、
ギター教室の先生から安価で譲ってもらったオンボロなガットギター。
創作ノート。
詩や小説のために溜め込んだ断片がノートパソコンに。
それと、本が数冊。
着替え、3日分。
この旅は、だから、3日間の猶予で終わる。

その3日間は、意図せず、上司が作成したシフト表の都合から得たものだった。

3日間で、人は、変われる。
2日間では、足りない。
3日間あれば、くたびれた引き摺りを決着させ、
何かを人生の軌道に見出せる。
人生が動くーー

物語は冬から始めるーー

1冊しか読まれなかった、あの本に僕は綴った。


まるっきり、同じ事はないが、状況は近づく。
高速道路の通行止め区間を避けて、一般道に下りた高速バスの窓から見える外は、
夜景で染まり、雪が止んでいる。

僕の活きかたは誰かに共有されるのだろうか?
例えば、どんな人に…? 
理解されたいというか、見つけてほしい?
核の部分。
僕が重きを置く、注入口に。
もう一度、生と死を考えてみる。
あの人にそう言った。
だけど多分、僕は生きてることに重きを置いている。
死を忘れてはいない。
だけど、
外は再び、雪がちらつき始める。

この活きかたの到着先は、あるのだろうか?


眠りがやってくる



目が覚めたとき、バスは高速道路に戻っていた。
通行止めの区間は過ぎたようだ。

旅には迷いが付き物で、あれを持ってくれば良かった…
これは置いてくれば良かった…と。
判断ミスについての、後悔をする。
旅に、はたまた…
人生に、必要なもの。
それは、本のいくつかであれば、軽くて良いのだが…
抱え過ぎて、身動きが取れなくなる。
ときどき、軽く。
軽くなりたい。
旅とは

バスのナレーションは目的地を告げ、
置き忘れがないか立ち上がった跡を振り返り、札幌に降りた。

ホテルに近い場所で降りたのだが、道筋がはっきりしない。
コンビニに立ち寄り、店員に訊こうとしたとき、
道ばたの観光案内の地図が目に入る。
それを自分が持ち合わせたホテルについての情報と重ね合わせ、
夜の道を確証なく、歩いた。

多くは人が見られず、出歩いていない。
この場所の夜、次の場所への地図が頭に確証なく歩いている人は、
どのくらい居るのだろうか?
ある猶予の中で、人生の軌道について何かを見出そうとする人は、
この場所、この夜に、どのくらい?
たぶん、それぞれ孤独で、満たされるものを求める、それだけ。

迷いながらでも構わずに、自分と向き合う孤独を受け入れて歩けていない。

古風で寂れた、幽霊の出そうなホテルに到着し、フロントへ。
通路が狭い。
フロントの人が何故だか僕を観て、はっ と、息をのんだ。
だれかに見えたのか、ギターケースと荷物を抱えた僕の姿。
鍵を受け取り、狭いエレベーターで上へ。

鍵の数字、部屋の場所。
重たく、
ひどく疲れた雰囲気の通路を歩き、
ドアを開けると、
その雰囲気の重さが部屋のなかまで入って、
シャワーの口から漏れた水の滴り、音。

疲れと寂しさが遺った部屋に、空間の中での孤独に、懐かしさを感じた。

旅の夜は、時間を持て余せば、ふと誰かについて考えてしまう。
応えるべきたった、あの人。
携帯に手を伸ばし、
ふと、メールを送ってみようかと思った。
まだ、そのままのメールアドレスが使えるだろうか?
隣りの部屋に客が入ったようだ。
どうやら、部屋の物音は聞こえるようだ。
ここでは、ギターは大きく鳴らせないな…と。

物音で、途切れた、ふとした思い。
結局、メールは送らず。

第17声「シエナ」

 ホテルの喫茶店で、朝食を食べる。

感じの良いおばちゃんが作る朝のランチメニュー。
特別なものではない、懐かしさのもの。
喫茶店には僕、独り。

窓のそと。
ビルの通りを人がぽつんと歩く。

それぞれの人生の勤めへ向かい、気持ちが交差している。
僕の今日の勤めは、函館へ向かうこと。


札幌駅から、高速バスで函館へ向かう。
予約制の車内は、以外に、人が乗り込んだ。

目的地までの時間は長くーー
僕は溜めていた文章をポメラに打ち込んだり、
ノートパソコンの中の文章を整理したりーー

そして、本を読んだ。

“フェルナンド・ペソア最後の3日間” 
という本。

これは、実際に存在した詩人のことを描いた作品で。
僕が好きな詩人で、好きな作家が書いた作品でもある。
そういった、思いがけない「邂逅」として、
また、この僕の旅の「3日間」というテーマもそこに「邂逅」している。
この3日間で、読み終える予定で。

Amazonで注文した。

天気は、悪くない。

本町を「もとまち」と読んだおかげで、
「元町」に着いてしまった。
高速バスが無事に、函館に着き。
僕はまず、予約していたホテルへ行こうと思ったのだが…

高速バスから下車して、とりあえず郵便局が眼に入ったので、局員さんに聞いたんだ。
「もとまち」へ行くバスはどこにありますか?って…ってね。
とても親切に、親しみやすい人柄の局員さんたちで、丁寧に説明してくれて、
バスの時刻表のコピーもくれたんです。
でもさ、そんなに良い人でも気づかないよ。

「本町」を「もとまち」と思い込んでいるなんって、ね。


「もとまち(元町)」

そこは、港に、カモメ。
異国のような町並み。教会が多い。
風が冷たく、ホテルの前で客を待つタクシー1台。
ホテルの住所(本町)を探すも見当たらず、
急斜面の丘を歩きながら、民家の住所プレートを目印にする…気づく、

「元町」? 

「もとまち(本町)…?」

「本町は、ほんちょう?」

ホテルで拾った霊が、ここへ降りるために、遭わせたのか。
その用が済んだことで、
僕は「元町」に来ていることを住宅の壁に掛かった住所の表札で認識した。かも

タクシー拾って、本町へ向かった。


「シエナ」というホテル。
以前に、一度、来た事があって、もう一度来たかった。
イタリアのシエナという地名で付けられた。
ホテルの内装は、高級ではないのだろうが、
センスの良い時間経過された佇まいを感じる。
その場所に、
何か、もう一度
向かう用事があるような気がして。

僕の旅の目的は、
何処かを観光することではなく、
独りの時間を過ごす。
集中する環境。
そこで気持ちの整理をすること。

この場所が一番、雰囲気が合い、ちょうど良く思った。


シエナの夜、隣のコンビニで買った弁当を食べて
パソコンの中の文章と自分の頭の中の課題
部屋のなかの止まった時間に落ち着いた。

第18声「佐藤泰志」

函館での時間
僕は、ほとんど出歩かず、ホテルの部屋で過ごしていた。


それだけ
だった。


函館からの帰り
高速バスでの休憩時間。
トイレに向かったり、売店で手早く済ませる食べ物を求めて下りる。
僕も売店で食べ物を買い、
外のベンチに腰掛けて、口に入れる。

ある若い女性が視界に入るーー

上着はGジャンで、スカート。
髪はショートに近いが、ラフというよりも、
何か孤独による考え方が透けて視えるーー

声を掛けてみたいと、思った。
その雰囲気になにか、意気が合うものを感じて。
だが、言葉…最初の発声。
女性は、僕のすこし離れた前をゆっくりと、うつむきながら歩く。
そこに、僕の視界を惹き付ける何かがある。
何かの孤独を背負っている。
どんな?

たぶん、孤立している。
彼女の世界観が。
たぶん、彼女は、独り。
誰かと、共有することに欠けている。

若い女性は、僕と同じ高速バスに戻って行った。


高速バスで

君が視界に入ってきた。
僕は眼で、すこし追う。

君がバスを下りてゆく
僕は知りたいと思った。
見ず知らずの君はどんな人だったのかと
惹かれるものの正体を
小説なら、物語だったなら、これは展開するのだろうか
でも日常
いや、その可能性が含まれているということ
動かせるということ


函館からの帰り 

札幌でミニシアター系の映画を上映する“シアターキノ”という場所で、
何か、映画が観たかった。

上映中のタイトルをネットで検索すると、
奇遇なことに、
「函館」出身の作家“佐藤泰志”さんの映画がちょうどシアターキノで放映されていた。
知らない作家だったが、
その映画と、その人の紹介文が眼を引くーー
自殺した作家という、そのこと。

その作家の作品に、地元への愛着?から、
その作家の地元(函館)を短編で描いたものがあり
僕が、意識し始めていたことーー

「地元で活きながら創作し、
 生きているそれを表現する姿勢を持つこと」

ーーローカルの、上京を断念した人が、描く表現

僕が、あきらめた場所があり
それは、自分に置かれた余地なのかもしれない


映画館は以外に、というと失礼だが
その上映作品には客足が伸びていた
思っていたよりも、ずっと多くの人が関心を持っている

佐藤泰志さんに
それとも
自殺した作家のメッセージを感じるために

本気で
というと何だが、映画から何かを感じ取ろうと
何か、自分の人生に反響するものを得ようと
そういった心構えで観るひとたちであれば…と
強く思った。


胸の中の想いを、覗く
未浄化で終わった想いについて
人が背負い、抱える、未浄化のまま憂鬱な想い出を


3日間が終わり

僕が変えられずに終わったこと
それは、孤独について

3日間、孤独で居たことだった。

そして、未浄化な想いを消せなかったこと
もう、何かが、決まってしまっている ということ。

第19声「自分のこだわりを捨てずに」

 
グラスを置く、タイミング
それが完璧だった


耳を傾けていたのは、たぶん
自分の孤独

店内の喧噪ではなく
バーテンダーの動きでもなく

孤独を取り巻く周囲の様子


「演奏できればいいのに」
と思った


そんな度胸と聴かせる音もないのに
自分の音色しか出せないのに
でもそれで
いいのかもしれない

誰かが、分かってくれる

いや、自分すら客なんだ
自分で、自分の音に耳を傾けて
孤独を聴いてる

自分の孤独を唄えばいいんだ

いつか


ギター教室に通った8ヶ月間。
先生に「そんなんじゃ、何をやっても駄目だ」と云われた。
それが頭に残る。

インターネットで見つけた教室。
教室の説明がなく、どんな講師かも分からず。
ただ、掲示板にその先生の評判がすこし。
でも、どんな先生かは書かれていなくて。
先生の名前を検索すると、以前にフラメンコショーの奏者として出演していた記事を見つける。
有名なものではないが。プロなのだろう。

電話をしたとき、高齢の声に聴こえた。
落ち着いた、円熟の雰囲気。
好きなギタリストを聞かれたあと、月謝の話しになり。
これは…駆け引きなんだろうと思った。
「きちんと続けてゆける?」と聞かれた。

札幌に教室があり…といっても、先生の自宅ではなくて、
その都度、貸しスタジオを借りて、色んな場所で教室を開いているらしく。
僕の場合は、あるデパートの中の楽器屋さんの貸しスタジオが、教室代わりだった。

緊張した。
初めて、本格的なひとに自分の音を弾き鳴らすのだから。
最初、駄目だしだった。
僕は、自分のリズムを聴いてもらおうと、
自分の持ち曲の中で、一番、自分らしいものを視てもらおうと鳴らしたのだが。
先生には、無秩序な感覚に聴こえたのだろう。
まずは、その事実を真摯に受け入れた。

僕が持ち込んだアコースティックギター(リサイクルショップ中古で約6000円)は
「音は、30年くらい経った良い音がする。直してみるけど、これでは弾きづらいよ」と云ってくれた。
先生はネックの反りを出来る限り直してくれた。
でも、限度があるようで、弾きづらいギターは直らなかった。

先生は、ある有名な古参のギタリストの弟子で、
勉強として様々な国へ出張して、ギターを学んできたとのこと。
携帯画像で色々見せてくれた。
本当らしい。

僕が、インターネットで検索して見つけたフラメンコショーでの記事から、
フラメンコギターについて訊ねてみた。

僕はその分野の知識がなく、パコ・デ・ルシアの安価なベスト版CDを一枚持ってるくらい。
ただ、以前に自分が作った曲の中に、フラメンコギターの響きを感じたことがあったので、
方向性として気になっていた。

フラメンコといえば、スペインの音楽なのだが、
先生はそこで、本格的なフラメンコギターを習ったことがあるとの事。
それを知って、僕はフラメンコギターを学びたいですと、言った。
最も、高度な技術を要するギターのジャンルと知らず。


結局、教室の二日目。
僕のギターでは弾きずらいから…と、安価なクラシックギターを譲ってくれるとのことで買った。
今では安っぽく見えるそのギターだけど、
その時は、ギターケースを開けてみたとき、
クラシックギターという古い時間の雰囲気がとても、高潔に感じた。
先生のギターとは比べ物にならないくらい、やすっぽかったけど…。
後で聞いていてみたら、先生は僕の父親と同じ年くらいだった。
ごく平凡な自分の父親があり、
一方で、先生のような色んな国で学び、ギターを通じて生きてきた人が居る。
不思議なものだ。

同じ時代のなかで、生き方が違う。
自分を注いできたことの違い。
どちらが良いというのではなく、その人に流れた時間。

自分の不器用さに、つまずきながら、何とか向かい合おうとギター教室に通った。
「厳しくしたほうが良いかい? それとも楽しみながらやってゆきたい?」
先生は、それを気にしていた。
過去に、気にかかる辞め方をした生徒が居たのだろうか? 
それとも、財政的なことから? 
きちんとした指の動かし方を学んだ。
自分で考えながら、自分で出来るようにしたこともあった。

先生は、解決策を教えてくれた。

2曲のレパートリー。

何らかのヒント。

そして、財政的に考えるものがあり、
また、自分へのこだわりの強さから、辞めてしまった。

  あきらめたわけじゃない


そうして、情けなくもギターの教本を買い始め、学び始めた。
「本気になって、きちんとしたことも出来るんです。」と、云いたかった。

自分のこだわりを捨てずに、
自分の中の大事なものを守りながら、進めてゆきたいんです、と。

それを失ったら、ぼくが、ぼくを続ける意味がなくなるんです

口に含んだジントニック
喉を鳴らして、呑み込んだ
グラスを置く、タイミング
それが完璧だった

何かと重なり、何かの合図に、何かの決意に

第20声「七尾旅人」

時々、会う店員に見惚れて。自分の挙動の上擦りを観る。

腰を落ち着けてみようと、コーヒーを注文する。
しかし、長時間はもたない。

最短距離で考えてはならない。
そこには、回り道の軌道が含まれる。

落ち着きを取り戻す休日の一時。
そこには、回り道の軌道が描かれる。
人生が回り道をさせることによる、すべての軌道上の憂鬱と、軌跡。

計算し得ないものを、出す。

見るーよりー視るへ。
聞くーよりー聴くへ。
目ーからー眼へ。

 

                     ー以上ーへ

ゴッホ…ルソー…ペソア。
歳を重ねるごとに、友に思える活き方に勇気をもらう。

淋しさのなかに、飛び込んでごらん。
分かち合えない、自分の核心を、抱え込むことに。

僕には、相手が必要なんだ。
自分の素に適した、やり取りが出来る人が。
交流の応答が。
誰が悪いんじゃない。
僕が求めている何かを引き寄せるための、その所為さ。

「七尾旅人」僕の活きられなかった半面を生きる、
そのひとが居る。

値札が掲げられているみたいだ。
価値観の価値が。
僕は売り切ってないよ。
顔面を引っ掻いて、南米にでも行きたい。
資格なんて、人を見る商品。
競売にかけられて。
何も知らなくていい。
傷の痛み具合に、付加価値なんて。

ノクターン(夜想曲)


休日の夜に after that

身近な留まりから
慌ただしそうだけど、なんだか幸せそう

なんだか他人事
休日の駐車場の狭さ、車内から外へ出る億劫さ

人ごみで何が癒されるのか、分からなかった

そこには僕と距離感がある

幸せそうな後ろ姿
眺めてたら

一線を越えなかったこと
それが僕の情けなさ
留まることを選んだ僕らの
でも、その勇気
やさしく…愛撫してゆく

一身上の、都合と
一身上の、感情と
今月いっぱいの 愛情

そしてテーマが還ってくる


環状線を 駆り立てられ
夢を乗せた
そう、死のぎりぎりの範囲まで、
どう描くの

声を出すのが
辛そうだ


今時、珍しくもない自殺だと
君の友達は泣かない距離
君の切り取り線は
なんどもハサミが切り込まれ
一息で仕上げられず
なんどもハサミが切り込まれ
ズタズタの線

生命線が、途切れ途切れに
遮断が入り
斜線を挟んだ一歩先

僕のように…?

同じように考えて、考えたら
生と死の間
行ったり来たり
同じように考えて、考えたら…
落ち着きます

惹かれて、引かれて
行ったり来たりの散り散りで
天秤に、少しずつ

疲れがとれて、しっかりと、掴んだ

開かれぬ可能性の中で、生き残り
時代を個人の中で、消化する

最前列で活きられなかった

自分を全うする

小説「一度、あきらめた場所で」第3部

一通りの雨を経験した後、誰かに再会したいという気持ち、生き直すこと

小説「一度、あきらめた場所で」第3部

佐藤泰志 七尾旅人 バイオハザード5 函館 フェルナンド・ペソア最後の3日間 シエナ 高速バス、11月中旬、北海道

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-06-20

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第15声「一通りの雨を経験した後」
  2. 第16声「高速バス、11月中旬、北海道」
  3. 第17声「シエナ」
  4. 第18声「佐藤泰志」
  5. 第19声「自分のこだわりを捨てずに」
  6. 第20声「七尾旅人」