きみの宿命

(ねむいよ)星が、息絶える瞬間に孕んだ、どうしようもない感情を、きみが授かり、たぶん、このまま、街が、あらゆる機能を徐々に失っているように、きみも、指先から静かに、停止してゆく。トーストがうまく焼けた朝にみる空の色は、ペールブルーだった。街の北方向にある、廃れた城には、むかしから、にんげんの血を糧とする生命体がいて、彼らと共存することで、ぼくらの世界は成り立っているのだと、いつも、えらそうなひとが、テレビで言っている。世界は成り立っている、という表現に、ぼくは、なんだかなぁ、という感想を抱いている。むずかしいはなしや、フクザツなことは、よくわからないのだけれど。つめたい床に、きみが、横たわっている。にんげんの血を糧とする生命体を、にんげんが、ときどき、食べることで、ぼくらと、彼らは、共に存在できているらしい。彼らは、ぼくらの血を、欲するときに自由に、飲んでいるけれど、ぼくらは、彼らのことを、日食のときだけ、食していいことになっていて、ぼくは、まだ、食べたことがない。寧ろ、その風習は、街の衰退と同様に、次第に忘れられ、いまはもう、街の一部の地域のひとびとしか、していないことだという。もともと少ない、彼らの数は、ぼくらが、何十年に一度、食べることで、増殖することはない。そもそも、彼らを根絶やしにしないのは、彼らを食べることで、ぼくら、にんげんの寿命が、幾分か延びるからであるといわれている。ほんとうのところは、わからない。なんせ、ぼくは、食べたことがないし、寿命を延ばしたい、と思うほど、まだ長く、生きてもいない。そういえば血を飲まれたことも、ない。からだのなかが熱いのだと、きみがつぶやく。叫ぶときも、ある。熱くて、苦しいのだという。星から授かった、どうしようもない感情のかたまりに、ふいに、心臓を焼かれそうになるのだと、きみは言う。星が、生まれてから、死ぬまでのあいだに蓄積した、誰かの、深い悲しみ、行き場をなくした怒り、そのほか、恐怖、辛苦、にんげんだけのものではない、この星で生活をしている、または、していた、肉体と魂を持つものの、あらゆる負の感情。きみは、星に選ばれた者だ。ぜんぜん、名誉でもなんでもない、ただの、押しつけに近い。このあたりでいちばんつめたい床は、カラフルな四角い大きな石を敷きつめた、アイスクリームやさんの床だった。緩やかに死んでゆくきみの傍にいることが、こわかった。世界の理や、運命や、星廻りや、神さまというものは、なんて残酷なのだろうと、うらめしく、天をにらみつける日もある。一度、かの生命体に、血を、欲されてみたいと思ったとき、ぼくの吐く息は、淡く色づいた。

きみの宿命

きみの宿命

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-06-20

CC BY-NC-ND
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