シロヒメと秘密のナイトパーティーなんだしっ❤

「むっかしー、むっかしー、ぷーりゅしーまは~♪ たーすけたうーまにーつーれらーれて~♪」
「う……」
 いつものことながら、アリス・クリーヴランドは白馬の白姫(しろひめ)の歌に脱力させられてしまう。
 ぷりゅ島って? というツッコミを口にする気力さえ起きない。
「ぷりゅーうぐーうじょーにーいってみーれば~♪ ひづめでーもかーけなーいぷりゅぷりゅーしさ~♪」
「ぷりゅう宮城って……」
「ぷりゅう宮城はぷりゅう宮城なんだし。乙姫じゃなくてシロヒメ様がいて、白馬や黒馬の舞い踊りなんだし」
 と、そこまで言ったところで不意に、
「ぷりゅふぅ……」
「えっ」
 ため息にアリスは目を見張る。
 そして、気づく。
 いつものように歌っていた白姫だが、そこには普段の元気さがまったくなかった。
「ぷりゅ島みたいだったらよかったんだし」
「え? え?」
「ぷりゅ島みたいに……優しかったら……」
 と、そこで、
「ぷりゅ」
 いまいるのに気づいたというようにこちらを見る。
「なんだし、その目は」
「えっ?」
 なぜか不機嫌さむき出しの顔でじりじりと詰め寄ってきて、
「なんか文句あるし? 言いがかりだし?」
「言いがかりって……じ、自分、何もしてませんよ」
 いつものように歌にツッコミは入れたが。
「何もしてなくても問題あるし」
「え……えぇ?」
「アリスは視界に入るだけで周りに不愉快さをかもし出すんだし。問題だし」
「なんてことを言うんですか!」
 たまらず抗議する。
「ぷりゅふんっ」
 鼻を鳴らして顔をそむけると、
「まったくアリスはのんきなんだし」
「え? え?」
 アリスが戸惑う中、白姫はヒヅメ音高く去っていった。
「………………」
 途方に暮れてしまう。
 そして、思い出す。今日だけではなかった。ここ最近、白姫は常に機嫌の悪い態度を取り続けていたと。
「どうしちゃったんですか」
 ぽつり、つぶやく。
 アリスは従騎士(エスクワイア)だ。
 従騎士とは、正式な騎士に仕える見習い的な立場である。
 そして、アリスの仕える騎士である花房葉太郎(はなぶさ・ようたろう)の乗る馬が白姫なのだ。
 だからあまり強いことは言えない。
 それでも『心配する』義務は自分にはあると思っていた。
「白姫……」
 気になりながら、それでも彼女の後を追えない。
 と、そこに、
「アリス」
「きゃあっ」
 不意に後ろから呼ばれ、思わず跳び上がる。
「あっ、ごめん。驚かせちゃって」
「葉太郎様……」
 ふり向いたそこにいたのは、こちらを案じる声そのままの優しい顔立ちをした少年――葉太郎だった。
「ちょっといいかな」
「あ、はい、なんでしょう」
 あわてて姿勢を正す。
 そんなこちらをリラックスさせようという笑みを見せながら、
「白姫のことなんだけど」
「えっ」
「白姫……」
 葉太郎は目を伏せ、
「何か変わったこととかないかな」
「変わったことですか……」
 ついさっきのやり取りが思い浮かぶ。それをどう伝えようか思案しているうちに葉太郎が、
「白姫、近ごろ……」
 心から気にかけているという顔で、
「どこかに出かけてるみたいなんだ」
「えっ」
 目を丸くする。
「出かけてるって……白姫はよく自分だけで出かけますよ? 散歩につれていこうとしなくても」
「うん……」
 複雑そうにうなずき、
「夜なんだ」
「えっ!」
「白姫、夜中にこっそり出かけてるみたいなんだ」
「それは……」
 知らなかった。と、すぐはっとなり、
「す、すみません! 従騎士の自分が気づかないなんて」
「ううん。だって、アリス、昼間がんばってる分、夜はぐっすり寝てるみたいだから」
「はううっ」
 なぐさめられるも、毎晩のんきに眠りこんでいると言われたようでますます身の縮こまる思いがする。
「自分、白姫に聞いてきます!」
「あ……ちょっと!」
 駆け出そうとしたところをすかさず止められる。
「アリスにも言ってないってことは、きっと誰にも言ってないんだよ」
「秘密ということですか」
 こくり。葉太郎がうなずく。
 それは秘密にもするだろう――アリスは思う。
 夜中にこっそり出かけるなどということは、すくなくともいま自分たちが暮らしている屋敷の風紀的には決して許されない。
 特に、現在屋敷の家事を一手に担っている朱藤依子(すどう・よりこ)はその手のことに厳しい。アリスや白姫を含め、誰からも恐れられている彼女のことを考えれば、秘密にするしかないはずだ。
「でも、そこまでしてどうして」
「それがわからなくて」
 葉太郎の表情がますます不安そうに沈む。
 と、すぐにこちらまで心配させないようにと笑顔を見せ、
「僕がそれとなく聞いてみるよ。時間はかかるかもしれないけど」
「よ、よろしくお願いします」
 アリスとしてはそう言うしかなかった。
「うう……」
 葉太郎の去ったあとも、落ちこみは消えなかった。
 情けない。その一言だ。
「白姫のことには自分が責任を持たないといけないのに。もしも白姫に何かあったら」
 なにげなくつぶやいた瞬間、背筋が凍った。
(何かあったら……)
 思い出す。
 葉太郎には、他の人にはない特別な〝体質〟がある。
 騎士道体質――
 レディに危機が訪れると、それを敏感に察してどこからでも馳せ参じてくる。
 そして白姫は――レディだ。
(まさか……)
 葉太郎は、白姫が夜中にこっそり出かけていると言った。
 だが、アリスが寝ているような時刻は、葉太郎だって普通に睡眠中のはずだ。
 なのに気づいたということは――たまたま目が覚めたのか、それとも『騎士道体質』が反応したということになる。
(つまり、白姫が危険……)
 居ても立ってもいられなくなる。
 しかし、そんな自分をアリスはぐっと抑える。葉太郎の言う通り、正面から聞いて白姫が素直に答えるとは思えない。
(なら……)
 取るべき方法は一つだった。


 こっそりと。
 眠気をこらえつつ、アリスは夜の中庭に身を潜めていた。
「……!」
 落ちかかっていたまぶたが、はっと開かれる。
 月明かりの下。その白い影を見誤るはずもない。
 葉太郎の言っていた通りだった。白姫は周りをこそこそと伺いながら、ヒヅメ音を忍ばせるようにしてゆっくりと歩き始めた。
 息をひそめ、その後を追う。
 歩みが早くないのが幸いした。本気で走られたら、馬である白姫にはとても追いつけない。
(白姫、どこに……)
 最大の疑問はそれだ。
 そもそも、夜中に出歩くような理由が白姫にあるとは思えない。
 町にたくさんの友だちがいる白姫だが、その多くは小さな子どもたちで、こんな時間に会いに行くとは考えにくい。
 そして、他にどこか行くような心当たりは、アリスにはまったくなかった。
 と、
「きゃっ」
 思わず悲鳴をあげてしまい、あわてて口を閉じる。
 夜の道。不意に足元を何か小さな影が走り抜けたのだ。
 とっさに何か確かめようとしたが、ちょうど街灯の陰に入ってしまい結局その正体はわからなかった。
「あ……!」
 目を見開く。
 いない! 白姫がいない!
「白姫! どこに行ったんですか!」
 こっそり尾行していたことも忘れ、大きな声をあげてしまう。
「白姫ーっ! 白姫ぇーっ!」
 そのとき、
「……!」
 不意に自分が濃い霧に包まれていることに気づく。
「な、なんですか、これ」
 あまりに突然のことでどう反応していいかもわからない。霧は四方八方を覆い、アリスは自分の居場所を完全に見失う。
「白姫? 白姫……」
 おどおどと。手探りするようにあたりを伺いながら呼びかける。
 すると、
「!」
 感じた。
「白姫……?」
 すぐに違うと気づく。
「う……」
 感じる。
 気配――
 白い霧の向こうに何かがいる。
 人間ではない。
 白姫でないこともはっきりとわかる。
 それは複数だった。
 複数の――生ある者たちの気配。
 様々な大きさ、姿の生き物たちが霧の向こうを進んでいく。
「はわわわわ……」
 得体の知れない状況に恐怖の息がこぼれる。
 自分はいまどこにいるのだろう。一体どこに迷いこんでしまったのだろう。
(と、とにかく、白姫を探さないと)
 意を決して多くの生き物の気配がするほうへと歩き出す。そこに白姫はいないかもしれないが何か手がかりくらいは――
「きゃっ」
 そのときだった。
 足元をまたも何か小さな影が行き過ぎる。
「きゃっ……は……はわわわわっ」
 動揺しきっていたアリスは不意の近接遭遇に大きくバランスを崩す。
「きゃあっ」
 ガツッ! 受け身も取れず倒れこむ。
 頭を強く打ったアリス。その意識が闇に飲まれるように消えていった。

「きゅ。きゅきゅ」
 鳴き声がする。
「きゅきゅっ。きゅっ」
「う……」
 耳元で聞こえるその声にせかされるようにして、アリスはまぶたを開く。
「!」
 満月――
 目に映ったのは、雲のない夜空に圧倒的な存在感をもって浮かんでいる青く大きな真円の月だった。
「う……」
 その魔力に飲まれたかのように声を失う。
「きゅきゅきゅっ」
 はっと。
 すぐそばにいる生き物の気配にそちらを向く。
「あっ」
 少年だった。
 まだ幼い。十歳前後といったところだろうか。
 やわらかそうな頬に、しかし硬質の鱗のようなものを光らせた、それはどこか異質な容貌をもった男の子だった。
「あの……」
「よかった。気がつかれたんですね」
 心からこちらを心配しているというその目に警戒心が解けていく。
「あなたは」
「ごめんなさい、アリス様っ」
 こちらが何か言うより先に少年が大きく頭を下げた。
「え……あ、あの」
 戸惑うアリスに向かってまくしたてるように、
「シャオロンのせいで転んでしまって! 本当にごめんなさいっ!」
「え……?」
 複数の疑問が浮かぶ。
 シャオロン――その名前にアリスは聞き覚えがあった。
 しかし、目の前にいるのは、自分の知る『シャオロン』ではない。
 それにまず最初の言葉だ。
 アリス――
 彼はこちらの名前を知っていた。
 初対面のはずなのに、どうして自分の名前を?
 さらに驚くべきことに、少年はこう言った。
『シャオロンのせいで転んでしまって――』
(いや、自分を転ばせたのは)
 と、驚愕の気づきにアリスはふるえる。
(まさか……)
 身体を起こしながら、
「あの、あなた」
「ごめんなさいっ!」
「いえ、そのことは怒ってませんけど……あなた、シャオロンって言いましたよね」
「きゅっ」
「!」
 少年の口からもれたのは、間違いなく聞き覚えのある鳴き声だった。
「シャオロンって……いやいや自分が知っているのは」
「きゅ?」
 不思議そうに少年が首をかしげ、
「どういうことですか」
「いや……」
 どういうことか聞きたいのはこっちだ――という言葉を飲みこみ、
「だ、だって」
「きゅぅ?」
「シャオロンは……」
 信じられないという思いが爆発する。
「シャオロンは――センザンコウじゃないですか!」
「そうです」
 がくっ。あっさり肯定されて前のめる。
「シャオロンはセンザンコウです」
「いやいや……」
 それがどうしたの? という顔をする少年に、
「センザンコウじゃないじゃないですか」
「きゅ?」
「だから、あなたですよ! どう見てもセンザンコウには」
 そこで息を飲む。
「センザンコウ……には」
 見えない。目の前の少年はどう見ても人間だ。
 しかし、普通の人間とも言い切れない。そんなところが確かにある。
 最初に目についた頬の鱗のようなものもそうだが、どことなく全体のシルエットが自分の知るシャオロンに似ているように見え、さらには――
「し……しっぽ!?」
「しっぽです」
 またも『何をいまさら?』という顔で少年がうなずく。
「いや、だって、それじゃ」
 完全に混乱してきてしまう。
 小籠(シャオロン)――それは、騎士の主権実体・現世騎士団(ナイツ・オブ・ザ・ワールド)においてアリスが所属する東アジア区館のトップである館長・孫大妃(スン・ターフェイ)のかわいがっているセンザンコウの名前だった。
 アリスも何度か見たことがあり、遊んであげたこともある。
 そんな彼が……人間の姿で!?
「ほ、本当に自分の知ってるシャオロンなんですか」
「きゅ?」
 三度首をひねるシャオロンだったが、はっとしたというように、
「あ、そうでした。ここではシャオロンはアリス様の知ってるシャオロンじゃないんでした」
「自分の知ってるシャオロンじゃない……」
「きゅっ」
 少年はうなずき、
「ここでは特別な夜会が開かれてるんです」
「夜会?」
「はい。動物のみんなが集まってお話を」
 そこで彼はまたもはっとなり、
「って、どうしてアリス様がいるんですか!? 人間なのに!」
「それは……」
 と、アリスもはっとなる。
 そして思い出す。昼間、白姫が歌っていた歌を。
(ぷりゅう宮城……)
 白姫は歌っていた。
 助けた馬につれられて――
 特に白姫を助けるようなことはしていないが、彼女の後を追ってこの不思議な世界に来てしまったのは事実だ。
 と、アリスは自分が何のためにこうなったのかを思い出す。
「あの、白姫は」
 その瞬間、
「きゅ!」
「んん!?」
 突然口をふさがれ、アリスは目を白黒させる。
「は、はひを」
「うるさくしたらだめですっ」
「えっ?」
「こっちに誰か来ます。見つかったら」
 その言葉が終わる前だった。
「おい、チビ助」
「きゅぅっ!」
 鱗がそそり立つようにしてシャオロンが怒りをあらわにする。
「シャオロン、チビじゃないです!」
「チビだろうが。いつも女の首に巻きついて」
「館長はおっきいんです! だから、シャオロン、チビじゃないんです!」
 現れたのは、人間の姿をしたシャオロンと同じくらいの年格好に見える男の子だった。
 ただ、そのまとう空気はかなり異なり、シャオロンがまじめで健気そうであるのに対し、黒髪に浅黒い肌のその少年はどこか不良っぽい荒々しさを感じさせた。
 そして、彼を何よりも特徴づけているのは、頭から生えた犬のような――
「み、耳……」
「あん?」
 つぶやきを聞いたのか、少年がこちらをにらんだ。
「な、なんでもないですっ!」
 あわててシャオロンが自分の身体でアリスを隠そうとする。
「ここには誰もいないんですっ!」
「てめえがいるだろうが」
「きゅっ!」
「つか、ぜんぜん隠しきれてねえぜ。チビのてめえじゃよ」
「チビじゃないですーっ!」
 しかし、黒髪の少年の言うことのほうが正しかった。シャオロンの小さな身体ではアリスをまったく隠しきれていなかった。
「あの……」
 アリスはおそるおそる、
「どうして自分が見つかったらだめなんですか」
「それは、アリス様が人間だから……」
「人間?」
「きゅっ!」
 黒い少年のつぶやきに、シャオロンのしっぽがぴんと立つ。
「ななっ、なんでもないですっ!」
「なんでもなくねえだろ」
 少年は悪そうな笑みを見せ、
「てめえ、ここに人間をつれこみやがったのか? ああ?」
「きゅぅ~……」
 弱ったような鳴き声をもらすも、シャオロンはぐっとその場に踏みとどまる。
「そ、それがどうしたって言うんですか!」
「ああぁ!?」
「シャオロンは……」
 レスリングのように両手を前に構え、
「アリス様のことを守りますっ」
「……!」
「アリス様はシャオロンと遊んでくれました。とってもシャオロンのことをかわいがってくれました。アリス様だけじゃありません。館長もドルゴン様もミン様もハナ様もみーんなシャオロンをかわいがってくれました。だから!」
 言うなり、弾けるように前へ出る。しかし、それを予測していたというように黒い少年は薄笑いで身をかわした。
「!」
 少年の腕がしなる。その手の爪がするどく光るのをアリスは見た。
「きゅっ」
 キィィィィン!
 両腕をクロスして攻撃を防ぐシャオロン。
 硬質的な音の響きに、アリスはあらためて彼が身体を鱗で覆ったセンザンコウなのだと思い知らされる。
「ぐるぅぅぅぅ……」
 牙をむき出して、シャオロンのことをにらむ少年。
「きゅぅぅぅぅ……」
 シャオロンも負けじとにらみ返す。両者の間の戦意が高まっていき――
「ぴっ!」
 バシン! バシン!
「きゅっ!?」
「ぐるっ!」
 シャオロンと少年が吹き飛ばされた。不意に割りこんできた影のくり出した豪快な平手打ちによって。
「ケンカはだめって言ったでしょ! シャオロンもビストも!」
 それは、やはりシャオロンと同じくらいの歳に見える愛らしい女の子だった。黄色い髪の毛の一部がぴんと天を突くように立っているのが印象的だ。
「ケ、ケンカなんてしてないです!」
 シャオロンが女の子に抗議する。しかし、彼女はふんと鼻を鳴らし、
「嘘ばっかり。ルルにはちゃんとわかるんだから」
「嘘じゃないです! 本当にケンカじゃないです!」
「じゃあ、何してたの?」
「アリス様を守ろうと……あっ」
 とっさに口をふさぐもやはり遅く、
「アリス様? 誰?」
 そう言いながら、女の子がこちらを見る。
「ど、どうも……」
 思わず意味もなく頭を下げてしまう。
「ぴっ!」
 驚きを示すように女の子の髪の毛がぴんっと伸びる。
「どういうこと、シャオロン! ここに人間をつれてきたらだめでしょ!」
「それは知ってますけど……」
「いまは大変な時なの! 人間がいるなんてバレたら……」
「バ、バレたらどうなるんですか?」
 たまらず聞いてしまう。女の子がはっとしたようにこちらを見て、
「それは……」
「それは?」
「消されるな」
「えええっ!?」
 横からの黒い少年の言葉にアリスは悲鳴をあげる。
「ビスト! おどかしたらだめでしょ!」
「おどしじゃなくて事実だろ」
「それは」
「事実なんですか!? ほ、本当に自分は……」
「大丈夫です! シャオロンが守ります!」
「てめえにできるかよ、チビ助」
「チビじゃないですーーーっ!」
「もーっ! だからケンカしないの!」
 シャオロンたちが騒ぎをくり広げる中、
「はわわわわわわ……」
 真っ青になったアリスは、ただふるえることしかできなかった。

「わー、よく似合ってるー」
「はあ……」
 女の子――ルルの言葉にどう反応していいか困るアリス。
 頭の上につけた〝それ〟にそっとふれてみる。
「ううぅ……」
 耳――
 ぴんと立った三角形の犬耳は、即席で作ったと思えないくらいしっかりした出来だった。
「金髪に黒い耳ってちょっと不自然だけど、大丈夫。それをカバーするくらい犬っぽく見えるから」
「い、犬っぽく……」
 すると、
「きゅー」
 シャオロンが不服そうな息をもらす。
「どうして犬なんですか。センザンコウでもよかったです」
「いや、アリス様にセンザンコウっぽいところないし」
「つまり、犬っぽいところはあるってことですか……」
 がっくりとなるアリス。いや、犬を差別するつもりはまったくないのだが。
「ふんっ。たまには犬の抜け毛も役に立つです」
 悔しまぎれのように言うシャオロン。
 すると黒髪の少年――ビストがすかさず反応し、
「てめえの抜け殻もな」
「殻じゃなくて鱗です! シャオロン、セミじゃないです!」
「おれだって犬じゃなくてジャッカルだ、ぐるぅあっ!」
「はいはい、そこまで」
 またもにらみ合う両者に、慣れた様子でルルが割って入る。
「シャオロンの鱗に、ビストの毛。どっちもあったからアリス様が助かってるんだよ。ねっ、アリス様」
「えっ……」
 不意にふられて言葉に詰まる。
 ルルの言う通りではある。アリスのつけ耳はシャオロンの硬い鱗をベースにし、そこにビストの毛を巻きつけて作られたものだった。
(それにしても……)
 あらためて信じられない思いがする。
 目の前の少年があの小さなセンザンコウのシャオロンというだけで十分に驚きだ。
 ところがそれに加え、なんとビストはジャッカル、ルルはイワトビペンギンなのだという。
 ここは動物たちが人間の姿になってしまう場所なのか――
 それとも、自分の目にそう映っているだけなのか。
 とにかく感覚自体があてにならない空間だった。
 はっきり見えているようで、逆にすべてが幻のような。
 ある意味でこれは動物が〝見て〟いる世界なのかもしれない。
 目で認識するよりも、においや音が優先される。
 それらの感覚を視覚化したような――
 そういったことがシャオロンたちを人間の姿としてとらえさせているのかもしれない。
「ところで」
 シャオロンがビストに不審そうな顔を向ける。
「本当にアリス様のことを秘密にしてくれるんですか」
「なにぃ」
 ビストが牙をむき出す。
「馬鹿にすんなよ、チビ助」
「チビ助じゃないです!」
「チビ公」
「チビ公でもないです! チビじゃないです! ていうか、そっちだってチビじゃないですか!」
「自分のチビは認めるんだな」
「認めてないです! シャオロン、まだ子どもだからちっちゃいんです!」
「ふん」
 鼻を鳴らし、
「ガキだからわからねえのさ」
「きゅぅ?」
「男だったらよお」
 どこか遠くを見るようなポーズで、
「女を泣かせるようなことはしねえんだよ」
「きゅっ!」
 シャオロンにふるえが走る。
「く、悔しいけど、カッコイイです」
「フン。わかりきったこと言うんじゃねえよ」
 なんでもないという態度を取りながら、それでもちょっぴり誇らしげに笑う。
「はいはい、気取ってないの」
 そんな彼の頭をルルが小突く。
「ルルたちは騎士様にお仕えしてるんだから。アリス様のことを守るのは当然でしょ」
「そ、そうです! なにカッコつけてるです!」
「ああン!?」
 勢いを取り戻すシャオロンをビストがにらみ、
「てめえがおれを疑ってきたんだろーが!」
「だ、だって、そっちがいきなり現れるから悪いです! シャオロン、悪くないです!」
「なんだとぉ!」
「ぴっ!」
 バシンッ! バシンッ!
「きゅっ!」
「ぐるっ!」
 あざやかな回転と共に放たれた平手打ちに両者とも叩き伏せられる。
「ケンカしちゃだめって何度言わせるの! もー、ほんと、男の子って乱暴なんだから」
「きゅぅ~……」
「ど、どっちが乱暴だよ……」
 そこに、
「あの……」
 騒ぎを見ているだけだったアリスが、ようやくというように口を開く。
「やっぱり、自分、人目……じゃなくて動物目につかないところに隠れていないとだめでしょうか」
「あ? 当たり前だろうが」
 ビストがあきれたように言う。
「ここはそもそも人間のいるところじゃねえんだよ」
「それは聞きましたけど……」
 隠しきれない不安をにじませつつ、
「ご存知なんでしょうか」
「きゅ?」
「ぴ?」
「ぐる?」
「みんながここにいることを……館長のみなさんたちは」
 事情を説明されたアリスがさらに驚いたのは、シャオロンだけでなくビストやルルも〝騎士団〟の館長のもとにいるということだった。ビストはアフリカ区館館長ウアジェ・ラジヤ、ルルはオセアニア区館館長レイナ・モスのそばに。
「ここはみんなのように特別な立場の」
「立場は関係ないです」
 シャオロンが言う。ルルも、
「この真夜中の集会場は、動物たちの間で話し合うことがあるとき開かれるの。意見のある者の代表が空間を超えて招かれるんだよ」
「空間を」
 想像を絶する話だ。
「そんなことをしてたなんて、ぜんぜん知りませんでした」
「うん、人間は誰も知らないの」
 そう言うと、ルルはちょっぴりすまなそうに目を伏せ、
「レイナママも知らないの。教えたらいけないことになってるの」
「言う必要なんかねえんだよ」
 どこか強がるようにビストが言う。
「心配する女の顔なんて見たくねえだろ」
「ルルも女の子だけど」
 そう言いながら、主人を想う気持ちはよくわかるというように微笑する。
「とにかく、アリス様はここに隠れてるです。万が一、見つかっちゃっても、犬のふりしてごまかすんです」
「でも……」
「安心してください。シャオロンたちが絶対帰れる方法を探しますから」
「ま、待ってください!」
 押し切られそうに感じたアリスはあわてて、
「こちらのことを気遣ってくれるみんなの気持ちは本当にありがたいです。けど」
 目を伏せる。
「白姫のことが……」
 シャオロンたちがはっと身体をこわばらせる。
「いまは会わないほうが」
「えっ」
 顔を上げると、また失言してしまったというようにシャオロンが口に手を当てていた。
「どういうことですか」
「それは」
 困ったように隣を見るシャオロンだが、言ってはだめというようにルルが首を横にふる。
 アリスはますますあせり、
「なんでですか? どうして教えてくれないんですか!」
「きゅぅぅ……」
 すると、
「いいじゃねえか」
 またもビストが斜に構えた態度で、
「いまここで何が起きてるか教えてやればよ。その女にも無関係じゃねえんだ」
「ええっ!」
 無関係じゃない! いっそうあわてるアリス。
「ビスト!」
 ルルが目をつり上げ、
「じゃあ、あなたは言えるの!? 自分のご主人様に!」
「ぐる……!」
 ビストは目をそらし、
「関係ねえだろ、あの女には」
「あるでしょ! 無関係ってわけにいかないでしょ!」
 ぴっ! ルルが肩をいからせる。
「とにかく知らせないほうがいいの! ルルたちでなんとかするんだから!」
「そうです! シャオロンたちで……」
「じゃあ、なんであなたは遅刻してるのーっ!」
 パシーンッ!
「きゅっ」
「やっぱり暴力女だぜ、こいつ」
 そんなつぶやきに耳を貸すことなく、
「いつまで経っても来ないからルルたちが探しに来たんだよ!」
「ルルはともかく、どうしてビストまで」
「フン。女だけで行かせられるかよ」
「カ……カッコイイです」
「って、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「きゅっ! だ、だって」
 おどおどと瞳をゆらし、
「シャオロンがアリス様を気絶させちゃったから……だから」
「もうそのことは大丈夫ですよ」
 あいまいなことは多いながら、アリスは『決意』を固めていた。
「つれていってください」
「きゅっ!」
 あらためてシャオロンが驚きに跳ねる。
「だ、だめです! アリス様はここにいてください!」
「これからみんなが行くところに」
 シャオロンの目を見つめ、
「白姫がいるんですよね」
「きゅぅ~……」
 もともと嘘をつけないのだろう。シャオロンは困ったように縮こまるばかりだ。
「アリス様」
 ルルが前に出る。
「本当にいいの?」
「きゅっ! 何を言ってるですか!」
「アリス様は見習いだけど、騎士様なんだよ」
 今度はルルがシャオロンを見て、
「その騎士様が行くって言ってるんだよ。ルルたちに口出しできる?」
「きゅぅぅ~……でも」
 そこにビストも、
「仕方ねーな」
「きゅぅ!?」
「おれにまかせろよ」
 頼もしげな笑みを見せ、
「女を守るのは男の仕事だ」
「きゅっ!」
 たちまち対抗心をむき出しにして、
「シャオロンだって守ります! シャオロンも男です!」
「チビ助が」
「チビじゃないですーーーっ!」
 言い合う一同を見て、アリスは思わずほほえむ。
(みんな……)
 ありがたかった。
 この突然の異常事態でためらいなく騎士の――人間の味方になろうとしてくれる彼らに会えて心からうれしかった。
(白姫……)
 顔が自然と引き締まる。
 あらためて。彼女への責任があるということを深く胸に刻みこむ。
(いま、行きますからね)
 拳が握りしめられた。

「あっ、ルルちゃん」
 そこについたとき声をかけてきたのは、アリスにとってどこか見覚えのある少女だった。
 年齢は自分と同じくらいに見える。不思議な色合いの髪をなびかせていて、それは青鹿毛の毛並みを思わせる――
「あっ!」
「ぷりゅ?」
 少女がこちらを見る。
「――!」
 さすがと言うべきか、彼女は声を立てずに驚きをあらわにした。
「ちょちょちょ」
 青鹿毛の女の子が近づいてくる。
「なんでここにいるの、アリスちゃん」
「やっぱり……桐風(きりかぜ)なんですね」
 けげんそうながらも少女がうなずく。
 桐風は白姫の友だちで、同じように騎士の馬だ。
「アリスちゃんもアリスちゃんなんだね。どうして犬耳かわからないけど」
「こ、これは」
「変装させたの」
 声をひそめてルルが言う。
 そして素早く視線をめぐらせる。そこにはひしめく大勢の〝人影〟があった。
(人……じゃないんですよね)
 身を固くする。
 数えきれないほどの人ではない者たちの集団。
 その中で人間だと知られてしまったら……自分は一体どうなってしまうのだろう。
「ぴっ」
「あ……」
 勇気づけるようにルルが手を握ってくる。
「きゅきゅっ」
「シャオロン……」
 彼もまたもう一方の手を強く握りしめてくれた。
 と、そこに、
「何度言えばわかってくれるんだしーーーーーーっ!!!」
「……っ」
 わかった。一瞬で。
「白――」
 とっさに飛び出しそうになったところをぐっと引き留められる。
(ああっ)
 いた。
 見つめるその先に――
 大勢の〝生き物〟たちに囲まれた白い髪の女の子が。
「なんで、こんなに言ってもわかってくれないんだし!」
 彼女は涙ながらに訴えていた。
「人間には、いい人間がいっぱいいるんだし! シロヒメのご主人様のヨウタローもとってもいい人間だし! 馬をかわいがってくれるんだし!」
 ぷりゅー。ぷりゅー。
 切なげな鳴き声に重なるようにして訴えが響く。
「う……」
 たまらなくなる。
 しかし、その訴えを聞いているほうは冷淡だった。
「ぶもぶも」
「ぷぎぷぎ」
「があがあ」
 ざわざわと。様々な動物たちの声が、夜のようでありながらはっきり夜と言い切れない不可思議な空間をゆらす。
 そこに怒りを思わせる熱はない。
 ただただ冷めていた。
「これって……一体」
「これから大事なことが決まるんです」
「大事なこと」
「ルルたちはそれを止めようとしてるんだよ」
「………………」
 シャオロンたちの言う大事なこと――
 これまでの話や、目の前の白姫の訴えから察するに、それはやはり自分たち『人間』に関わることなのだろう。
 懸命に人間の良さを伝えようとする白姫。
 だが、その努力が実を結んでいるとは思えなかった。
「あ……」
 気づかされる。
 彼らにはもはやどうこうしたいという気持ちがない。
 みな、あきらめているのだ。
 人間というものに。
「どうして、そんな……」
 つぶやいた言葉は、しかし、途中で消える。
 どうして――
 そんなことはわかりきっている。
 人間が悪いのだ。
「でも……」
 ここまで深い絶望が彼らにはあったのか。ここまで絶望させるようなことを自分たちはしていたのか。
 現代の人間社会を思い起こす。
 そこから、どれだけ自然が消えてしまったことか。彼らの――動物たちの姿が消えてしまったことか。
 どうして、そんなことになったのか。
 必要としなくなったからだ。
 そう、自分たちは彼らを命として見ていない。
 物――
 役に立つか、立たないか。
 必要か、必要でないか。
 そのものさしでしか判断していない。
 だから、もっと便利な道具があればあっさりとそれに乗り換えてしまう。
 馬が車に替わったように。
「この世界は閉じられようとしてる」
「えっ」
 つぶやきに、はっと隣を見る。
 桐風は正面を向いたまま、
「いま動物たちの多くが人間との交流を完全に断とうとしてるんだ」
「完全にって」
 そこまではさすがに無理だろう。確かに人間と動物の関わりは薄くなったが、同じ世界に生きる者同士として――
「……!」
 可能性はある。
 自分がいまいるこの不可思議な空間だ。
 白姫を追っていつの間にか迷いこんでしまったが、そんな自分たち人間と違って動物たちはおそらく自由にここに来ることができる。
 すべての動物がこの世界に来てしまえば――
(そ、そんなことは)
 ない。
 とは言い切れない。
 自分たちは、彼らの気持ちに鈍感すぎた。
 共にいることを望まれず、居場所を失ってしまった動物たちがいっせいにこの世界に移り住んでしまったとしたら――
「うう……」
 恐ろしいことになる。
 世界から動物が消える――
 虫や魚たちまでいなくなるのかはわからないが、とにかく自然のバランスが大きく崩れるのは確かだ。
 最悪、世界そのものが崩壊するかもしれない。
 それは想像を絶する〝復讐〟だった。
「大丈夫です、アリス様」
 こちらを心配するように握った手に力がこめられる。
「シャオロンたちはいなくなったりしないです」
「でも……」
 確かに彼らはそばにいてくれるという安心感がある。
 それでも、絶対とは言えない。家族や仲間たちと離れてしまって、なお人間と共に生きてくれるという保証はない。
 むしろ、そこに頼っていては、あとでもっと大変な目にあうかもしれない。
 騎士にとって動物は――馬は友だ。
 しかし、その関係に甘えることで無意識に負担をかけていた可能性をアリスは否定しきれなかった。
 実際、いま目の前で白姫は人間のために――
「あ……!」
 わかった。
 昼間の白姫が不機嫌だった理由。それはこのことがあったからなのだ。
(ぷりゅ島みたいに……優しかったら……)
 あれは白姫の想いが口に出たものだった。歌のように人間たちが優しかったらこんなことにはならなかったのだと。
「白姫……」
 居ても立ってもいられなくなる。
 そこに、
「シャオロンも行ってきます!」
「えっ……」
「シャオロンもみんなに言います! いい人間はたくさんいるって! 人間から離れたらだめだって!」
「ルルも言うよ!」
 彼女もいきり立つ。
「今夜が最後なんだもん! みんなに考え直してもらわないと!」
「最後……!?」
 息を飲む。
「さ、最後って……それってどういう」
「今日が期限ってこと」
 冷静に。桐風が言う。
「これまでずっと話し合ってきたの。人間から離れて動物たちの世界を閉じようってこと。けど、白姫ちゃんたちが反対して、それからずっともめてたの」
「もめてたって」
 それも、自分たち人間のせいだ。
 自分たちがもっとしっかりしていたら――
「だめだよ」
 こちらの気持ちを察したように桐風が口を開く。
「アリスちゃんは動いたらだめ」
「でも」
「アリスちゃん」
 聞きわけのない子どもを叱るように、
「これはわたしたちの問題なんだよ」
「で、でも……」
「『でも』じゃないの」
 有無を言わせない。ここでは自分たちがルールなのだと。
「見て。白姫ちゃんたち、がんばってるから」
 確かにがんばっていた。
 ヒートアップしすぎて後ろからはがいじめされるほどに。
 白姫を抑えている少女の赤褐色の髪を見て、アリスはそれが誰なのかすぐにわかった。
「麓華(ろっか)ですね」
「ぷりゅ」
 桐風がうなずく。
 麓華もまた白姫の友だち――とは言いづらい関係だが、それでも主人を敬愛する騎士の馬同士であった。
「冷静になりなさい。感情で訴えても意味がないことは思い知っているでしょう」
「でも、みんな、わからずやなんだし!」
「あなたも負けずにわからずやです」
「なに言ってんだしーーっ!」
 パカーーーン!
「ぐふっ!」
 不意の後ろ蹴りで麓華が吹き飛ぶ。
 突然の暴力に、さすがに周りの者たちもどよめく。
「あーもー、何しちゃってるのー」
 やれやれと桐風が頭をかく。
 その瞬間、
「あ……」
 驚きの声がかすかに届く。
 飛び出していた。
 桐風の気持ちのゆるみをねらっていたわけではない。
 自然と身体が動いていた。
「白姫!」
 叫んだ。
「ぷ……!?」
 白姫の目が見開かれる。
「ここからはまかせてください!」
 もうアリスは自分を止められなかった。
「みなさん!」
 あぜんとなっている一同に向かって声を張り上げる。
「白姫に代わって言わせてもらいます! 人間はあなたたちの思っているような……」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 あまりにも自然な流れで蹴り飛ばされた。しかし、他の者たちにとってはもちろん自然でなく、いっそうあぜんとした空気が漂う。
「何してんだし! アリス!」
 怒りの鳴き声がとどろく。
 アリスはあたふたと、
「だ、だって、白姫だけにがんばらせておけなくて」
「よけーなお世話だし! ぷりゅーか、アリスが出てきて何になるっていうし。ダメダメの上にダメダメなアリスが」
「なんてことを言うんですか!」
 と、そのとき、
「ぶも!」
 周りにいる影の一つから驚きの声があがる。
「ぶもぶも! ぶも!」
 こちらを指し示して鳴き声をあげ続ける。その衝撃が他の者たちにも伝わっていく。
「ぷぎぷぎ……!」
「があ……!」
 自分に向けられる空気が変わってきたことにアリスは戸惑う。
「な、なんですか? 自分、何か」
「アリス様っ!」
 そこにシャオロンが飛びこんでくる。
「取れちゃってます!」
「えっ?」
「耳! 耳が!」
「あっ」
 頭に手を当てる。周囲の不審感がさらに高まる。
「これは……その……」
 白姫に蹴られたときだ。きっとその衝撃で吹き飛んでしまったのだ。
「ううぅ……」
 不審さが敵意へと変わっていくのを感じる。
 このままでは自分は――
「ぷりゅっ!」
 白姫がこちらをかばうように前に立った。
「あ……」
 驚きと同時に涙がにじんでくる。
「自分のために……こんな」
 やはり白姫は友だちだった。大勢の相手を前に身を挺して守ってくれようと――
「ぷりゅーーっ!」
 いななきと共にヒヅメがうなった。
「!」
 そのヒヅメはなんとこちらに向かって――
「きゃーーっ」
 パカーーーーーン!
 不意をつかれ、無防備な顔面を蹴り抜かれる。
 身体が浮かび上がる感覚と共に、アリスの意識もまた彼方へと飛んでいった。

(う……)
 ゆれている。
(自分……は……)
 意識が戻ってきたとき、アリスが感じたのはうつぶせになった身体を通して感じるぬくもりだった。
 そして、上下の震動――
「あっ」
 気づいた。
 自分は何かの上に乗っている。しかも、それはおそらく――
「ぷりゅっしょ」
 ドサッ!
「きゃあっ」
 不意に降ろされ――というか落とされて悲鳴をあげる。
「なっ、何をするんですか!」
 あわてての抗議に、
「ぷりゅふんっ」
 白姫(馬ではなく人間の姿に見えた)は、当然という顔でそっぽを向き、
「起きたから、降ろしたんだし」
「それでももうちょっと優しく……」
 そこまで言って、はっとなる。
「あの……やっぱり白姫が自分を乗せて」
 何も答えない白姫。不本意だという思いがその顔ににじんでいた。
「白姫……」
 それでもアリスの胸は熱くなる。
 やはり白姫は白姫だ。自分の友だちだ。あの絶体絶命の危機にあって白姫は気を失った自分を乗せて逃げてくれたのだ。
「……って」
 さらにある事実に思い至る。
「そもそも、白姫が蹴ったりしなければ気絶なんてしなかったんじゃないですか!」
「蹴らないと無理だったし」
「何がですか!」
「アリス」
 本気で心配だという顔で、
「わかってないんだし?」
「えっ」
 不意の深刻な空気に息を飲む。白姫は深々とため息をつき、
「どうして、アリスがここに来ちゃったかはわからないんだし。まー、アホなアリスのことだから、ボーッとしてるうちにフラフラ迷いこんじゃったんだろうけど」
「アホじゃないです!」
 ともかくそこは力いっぱい否定する。
「自分は白姫を……」
「シロヒメを?」
「うっ」
 あわてて口を閉じる。
 白姫を追ってきたせいでここに来てしまった――
 事実そのままを話したりしたら、怒りを向けられることは簡単に想像できた。
 まず、黙って後をつけてきたのを許さないだろう。それこそ、またもヒヅメが飛んできておかしくない。加えて「白姫のせい」という感じになるのも気に入らないはずだ。アリスにそんなつもりはないが、ここに迷いこんでしまったのは結果として白姫を追いかけてきたためなのだ。カンのするどい彼女がそのニュアンスに気づかないはずがない。
「とにかく、ここはアリスのいるところじゃないんだし」
 何も言えないでいるところに、白姫が重々しく口を開く。
「アリスがいていいところじゃないんだし。邪魔者なんだし。存在そのものが意味不明なんだし」
「そ、そこまで言いますか」
「言うし」
 ぷりゅ。うなずかれる。
「みんなはシロヒメ以上にそう思ってるんだし」
「あ……」
 思い出す。
 囲まれたときに受けた無数の敵意。
 あのままでいたら一体自分はどうなっていたか。いまこうして無事でいられるのがほとんど奇跡だと――
「あっ!」
 気づかされる。
「そ、それでなんですか!?」
 こちらの言いたいことを察したのか、その通りだと言うように白姫がうなずく。
「白姫……自分を逃がすために」
 そうだ、そういうことなのだ。
 だからあの場で、白姫はこちらに全力の蹴りをお見舞いしたのだ。
 アリスが予想していなかった以上に、周りの者たちにとってもあれは意表をつかれることだっただろう。その一瞬の隙に、白姫は自分をつれて逃げてくれたのだ。
「白姫……」
 あらためて熱いものがこみあげる。
「ごめんなさい。自分、白姫の気持ちを何もわからなくて」
「シロヒメの気持ち?」
「はい」
 にじむ涙を指でぬぐい、
「白姫は世界一の友だちです。誰に向かっても胸を張ってそう言えます」
「アリス……」
「白姫……」
 熱い友情を胸いっぱいに感じながらアリスは白姫に向かって――
「って、なに言ってんだしー」
「ええっ!?」
 感動のまま抱き合うと思っていたところをすかされ、大きくよろめく。
「シロヒメはアリスのことを友だちだなんて誰にも言えないし。恥ずかしくて」
「えっ、な、なんでですか!」
「恥ずかしいに決まってるし。アリスが友だちなんて知られたら、シロヒメまでアリスレベルだと思われてしまうし。人気にいちじるしい悪影響が出るし」
「なんてことを言うんですか!」
「それに比べてマキオは友だちだって自慢できるんだし。とってもいい子だから」
「真緒ちゃんのことは……その通りですけど」
 真緒――鬼堂院真緒(きどういん・まきお)は、アリスたちと一緒に暮らしている六歳の女の子だ。白姫が『いい子』と言う通り、とても優しくて利発な少女である。
「とにかくアリスみたいなアホだと思われたら大変なんだし。馬生(ばせい)終わりだし」
「だからやめてください、ひどいことを言うのは!」
 絶叫と共にいままでの想いからとは真逆の涙が飛び散る。
「白姫! 自分は感動したんですよ!」
「ぷりゅー?」
「あんな大勢を相手に自分のことをかばってくれて! やっぱり白姫はみんなの白姫だって本当に感動したんですから!」
「シロヒメはみんなのシロヒメに決まってるし。かわいいから。アイドルだから」
「そういうことてはなくて」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「『そういうことじゃない』ってどういうことなんだし。シロヒメがかわいくないって言ってるんだし?」
「そ、そうではなくて! 人間のために一生懸命になってくれたことに感動したって言いたかったんです!」
「一生懸命になるに決まってるし」
 ぷりゅ。うなずく。
「で、ですよね」
 アリスも胸をなでおろす。
「だって、みんなと離れちゃったら大変なんだし。ヨウタローがいなくなっちゃったら誰がシロヒメをかわいがってくれるんだし。甘やかしてくれるんだし」
「それは……」
「あと、怖いけど、ヨリコがいなくなっちゃっても困るんだし。誰がシロヒメにおいしいごはん作ってくれるんだし」
「えーと……」
 確かに、万能メイドな依子はいつも自分たちにおいしい料理を作ってくれる。
「それとアリスは……まー、別にいなくなっちゃっても困んないし」
「なっ、なんてことを言うんですか!」
 アリスはあわてて、
「ちょっと待ってください! それってあれですか!?」
「あれ?」
「つまり、その、すべて白姫自身のためというか」
「なんだし、それ! じゃあ、シロヒメがごはん食べられなくて餓死しちゃってもいいって言ってんだし!?」
「だから、そんなことは言ってませんよ!」
 いっそうあわてて、
「で、でも、白姫は自分を助けてくれたじゃないですか!」
「助けたし。助けたってゆーか、あのままにしておけなかったし」
「えっ」
「とーぜんだし」
 ぷりゅふんっ。鼻を鳴らして、
「もしアリスがシロヒメのかんけーしゃだってバレちゃったらどうすんだし。シロヒメまでアホだと思われてしまうし。ぜつぼー的だし」
「言わないでください、そんなひどいことを何度も何度も!」
 正直、こっちのほうが絶望したい思いだ。
「ぷりゅーか、なにうずくまってるし」
「えっ」
「起きたんなら、さっさと働くし」
「働くって、何を」
「決まってるし」
 ぷりゅ。またも鼻を鳴らし、
「道を探すし」
「道?」
 辺りを見渡す。
「う……」
 あの感覚――
 目で見ているはずなのに他の部位でとらえているような、いまだ慣れない感覚にくらりとなる。
「わ、わかりませんよ。道も何も、ここがどういう場所なのかも」
「使えねーしー」
「だって」
 またも泣きそうになる。
「というか、どうして道を探さないといけないんですか。ここまで来たのは白姫じゃないんですか?」
「ぷりゅ……」
 気まずそうな息をもらしたあと、
「わかんねーんだし」
「はい?」
「だから!」
 目をつり上げ、
「シロヒメもここがどこだかわかんねーんだし!」
「ええーーっ!」
 悲鳴まじりの驚きの声をあげてしまう。
「ど、どういうことですか!? だって、ここまで逃げてきたのは白姫じゃないですか!」
「逃げてはきたんだし」
 うなずく。
「けど、あちこち逃げ回ってたから」
「迷ってしまったと……そういうことですか」
「ぷりゅ」
 しぶしぶとうなずかれる。
「そんな……」
 あらためて辺りを見渡す。
「う……」
 だめだ。
 見ようとすればするほど、それが不確かに感じられてしまう。白姫たちの言った通り、ここは人間がいられる世界ではないのだ。
「においをたどるとかそういうことは」
「においをたどってどうするし」
「だから来た道を戻って……あっ」
 気づかされる。来た道を戻ったら、自分たちを追ってきた者たちと出くわしてしまうかもしれない。
「アホだしー」
「ア、アホじゃないです!」
「とにかく一秒でも早くアリスを元の世界に帰すんだし。じゃないと危険だし」
「やめてください、そんな『アリスのアホがバレたら危険』みたいなことを言うのは!」
「………………」
 白姫が口ごもる。
 と、すぐにそれをごまかすように、
「なに、ぼーっと突っ立ってるし」
「えっ」
「自分が帰るんだから自分で道探すしーっ!」
 パカーーーン!
「きゃあっ。だからやめてください、暴力はーーっ!」

「シャオロンたちはどうしてるんでしょう……」
 行くあてもなく。白姫と並んで歩いていたアリスがつぶやく。
「だいじょーぶだし」
「そうですか?」
「一番危険なアリスはここにいるし」
「ですからやめてください、そういう言い方は!」
 いろいろな意味で落ちこんできてしまう。
「自分のせいなんですよね……」
「そーだし」
 ぷりゅ。いまさら何を言っているんだという顔で白姫がうなずく。
「アリスがよけーなことするからだし」
「だ、だって」
 その言い方にたまらず、
「白姫ががんばっているのを見たら、自分も何か力になりたくて」
「何も力になってねーし。いいかげん自分のダメさに気づくし」
「やめてくださいよ、だから」
 ますます落ちこんできてしまう。
「とにかくアリスはよけーなことすんじゃねーし。自分が帰ることだけ考えるし」
「えっ」
 さっきも同じことを言われたが、その言葉にアリスは引っかかる。
「あの……」
 おそるおそる問いただそうとした――そのとき、
「うまのこみていたかくれんぼ~♪ ヒヅメをだしたこ、いっとーしょ~♪」
「し、白姫……」
 突然いつものように意味不明な歌を口にされ、一気に脱力してしまう。
「ぷりゅやけこやけでまたあした~♪ まーたあーしーた~♪」
「あ……」
 また明日会おう。そう彼女は歌っている。
「白姫……」
 表情がこわばるのを感じつつ、
「白姫は……帰らないんですか?」
「………………」
 歌が止まる。
「白姫!」
 確信を持って詰め寄る。
「どういうつもりですか! 白姫はみんなのところに帰りたくないんですか!?」
 沈黙が続く。アリスはますます興奮し、
「自分、白姫を置いて帰ることなんてできません! できるわけないじゃないですか!」
「………………」
 やがて、苦しそうにぽつり、
「……わがまま言うんじゃねーし」
「わがままとか、そういう問題じゃないですよ!」
「そういう問題だし!」
 白姫も声を強める。
「いいから、アリスはよけいなこと考えんじゃねーし! アホのくせに!」
「アホでもなんでもいいです! とにかく白姫も一緒に」
「ぷりゅーっ!」
「きゃっ……」
 またヒヅメが来る――! 身構えるアリスだったが、
「……?」
 いつまで経っても何も起こらず、閉じていた目をおそるおそる開く。
「あっ」
 背中が見えた。
 何事もなかったように白姫は再び歩き始めていた。
「し、白姫!」
 あわてて追いかける。
「ちょっ……なんで行っちゃうんですか!」
「アリスを帰すためだし」
「なんでですか!」
 またも声を張り上げてしまう。
「帰るなら白姫も一緒です!」
「それができねーんだし!」
 白姫も声を張り上げる。
「今夜、ここは閉じられてしまうんだし!」
「あ……」
 そうだ。桐風もそう言っていた。
「で、でも」
 あたふたとなりつつ、
「閉じられる前に白姫も帰れば」
「無駄だし」
「えっ」
「ここを閉じることが決まれば」
 目を伏せる。
「シロヒメたちは強制的にここに隔離されてしまうんだし」
「!」
 そうだ、言っていた。すべての動物がこちらに来ることになると。
「な、なんとかならないんですか?」
「ならないし」
 首が横にふられる。
「なんとかしようとしたけど……もう無理なんだし」
「そんな」
 確かに白姫はなんとかしようとしていた。それを邪魔してしまったのは――
「ご、ごめんなさいっ!」
「いまさらあやまっても意味ないし」
 ぷりゅふんっ。そっぽを向かれる。
「とにかく、アリスだけでも帰るんだし。じゃないと」
 再び目が伏せられ、
「ヨウタローが悲しむんだし」
「……!」
「もちろん、アリスにシロヒメの代わりなんてできないし。けど、シロヒメだけじゃなくてアリスまでいなくなっちゃったら」
「白姫……」
 さっきは自分のためのようなことを言っていたが、やはり彼女はこちらのことをちゃんと考えてくれているのだ。
 と、そのとき、
「ぷりゅ!」
 驚きのいななきがあがる。
「灯りだし!」
「えっ」
 あわててアリスもそちらを見る。
「あ……!」
 本当だ。
 白姫の指し示したほうに、確かにぼんやりとした灯りのようなものが見えた。
「誰かいるかもしれませんね、白――」
 瞬間、言葉を飲む。
「誰か……」
 そう『誰か』がいてはまずいのだ。アリスはいま追われる身と言っていいのである。
「シロヒメが行くし」
「ええっ!?」
「アリスは来んじゃねーし」
「そ、そんなことできませんよ! 白姫だって」
 彼女もまた追われる立場であることには変わりがない――アリスと共に逃げてしまったことによって。
「近づかないほうがいいんじゃ……」
「じゃあ、このまま何のあてもなく歩き続けるし?」
「それは……」
「シロヒメたちの味方の可能性だってあるんだし。確かめるしかないんだし」
 そう言うと、返事を待たずに前へと踏み出した。
「し、白姫……」
 追おうか追うまいか迷うアリス。しかし、やはり白姫だけで行かせられないとその後についていく。
 白姫はすぐに気づき、
「アリス! 来るなって……」
 そのときだった。
「あ……」
 ぼんやりとした灯りが大きくなってくる。
「白姫、灯りが!」
「だから、それをシロヒメが確かめに……」
「そうじゃなくて、灯りが! ほら、灯りが!」
 その直後、
「!」
 アリスと白姫は光に飲みこまれた。


「あ……」
 景色。
 いやそれよりもっと淡い――
 思い出。
 記憶。
 アリスが目にしていたのはまさにそういうものだった。
『ぶもぶも~』
 茶色い牛がうれしそうに鼻を鳴らす。
 農家と思しき素朴な衣服の老人が、愛おしそうにその頭をなでる。
 それは――
 かつて確かにあった人と動物たちの心を通い合わせた光景だった。
 人にはない力強さで田畑を耕していく牛。その牛に感謝の想いをこめて身体を洗ってあげる人間。
 完全と言っていいような調和。
 互いを必要としあう。それは何よりも美しいものにアリスには見えた。
「う……」
 泣いていた。
 その涙に気づき、頬にふれた瞬間、
「あっ」
 霧が晴れるように、アリスの見ていた光景は消え去った。
 そして、
「白姫……」
 隣には同じように呆然としている白姫がいた。
「いまのって……」
「思い出だし」
 アリスが感じた通りの言葉を口にする。
「ほら、マッチ売りの少女って話があるし」
「それが何か」
 っ……気づく。
 マッチ売りの少女――マッチの火の向こうに望みのものを見る少女の話。
「じゃあ、あれも」
 そのときだ。
「あっ」
 一つ、二つ……数えきれない。
 そんな無数の灯りが、見渡す限りにぼうっと浮かんでいる。それは、闇夜を蛍が舞い踊る光景を思わせた。
「すごい……」
「すごいんだし」
 思わずつぶやいたアリスに白姫がうなずく。
「数えきれないんだし。シロヒメたちと人間たちとの思い出は」
「……!」
 その通りだ。
 人間は人間だけで生きてきたわけではない。人間以外の多くの生き物たちの力を借りて今日まで生きてくることができたのだ。
 ただ生きてきたというだけではない。
 そこには当然、心が通い合っていたはずなのだ。
「みんなは思い出だけで生きるつもりなんだし」
「えっ!」
 驚いて白姫を見る。
 白姫はつらそうに下を向き、
「だから、ここを閉じてしまうんだし。大好きな思い出だけで生きられるように。これ以上、悲しい思い出が増えないように」
「………………」
 あらためて。無数とも思える灯りを見つめる。
「あっ」
 灯りの一つに見覚えのある影がよぎった気がしてあわてて駆け寄る。
「ああっ!」
 見間違えではなかった。それは――
「シロヒメだし!」
 驚きの鳴き声が響く。
「白姫ですよね」
 出会ったのは一年前のこと。そのときよりずっと幼かったが、しかし、白姫だということははっきりわかった。
 彼女をかつぎ上げていたのが、優しい顔立ちをした少年――
 葉太郎だったからだ。
『わーい、らくちんだしー』
 まだ舌の回らないあどけない声で白姫が言う。
『もうだめだよ、白姫だけで遠くまで行ったら』
『ぷりゅんなさーい』
 あやまるものの、まったく悪びれていない。
 自分を叱ったりするはずない、甘やかしてくれるしかないと信じきっている。
『とおくまでいって、あるけなくなっちゃってもだいじょーぶだしー。ヨウタローがきてくれるからー』
 反省の欠片もなくそんなことを言う。
『ヨウタローがおひめさまだっこしてくれるからー。だからいいんだしー』
『だっこじゃなくて、おんぶのほうに近いけどね』
『いいから、だっこだし! シロヒメさまだっこだし!』
『白姫様だっこ……』
 苦笑するしかないようだった。
「う……」
 アリスは別の意味であぜんとなる。
「なんて、甘やかされ放題な白姫なんですか」
「甘やかされていいんだし。かわいいから」
「かわいくても、もうすこしだけ普通にしてください」
 たまらずお願いしてしまう。
『はーくーばー、なぜなくの~♪ はくばはしーまーにー、とーってもかーわーいーいシロヒメがいるからよ~♪』
 夕焼けの中、心から楽しそうに小さな白姫が歌う。
 そんな白姫に葉太郎も笑みを見せる。
 それは、まさにこの上なく仲の良い〝兄妹〟の姿だった。
『あっ』
 葉太郎の足がよろめく。
 アリスはすぐに気づいた。疲労だ。
 現在もそうだが、葉太郎は日々厳しい鍛錬を義務づけられている。おそらく、その疲労を押して、遠くまで行ってしまった白姫を迎えに来たのだろう。
 それが、足に響いたのだ。
『ああっ!』
 葉太郎の腕から幼い白姫がこぼれ落ちる。
 とっさに抱え直そうとしたものの、逆に勢いあまって投げ出してしまう。
『白姫ーーっ!』
 絶叫する葉太郎。しかし、
『ぷりゅ~ん』
 くるり。
 白姫は空中で一回転し、すとっと着地してみせた。
 その動きは元気そのもので、疲れて歩けなくなったというのはおそらく葉太郎に抱っこしてもらうための嘘だったのだ。
『だ、大丈夫!?』
『たのしかったし~。もっとやって~』
 ぷりゅぷりゅ~。白姫が無邪気にはしゃぐ。
『いや、危ないから』
『えー』
 たちまち不満げな顔になり、
『やって、やってー』
 ぷりゅーっ、とあお向けでじたばたし、
『やって、やってー』
 ぷりゅーっ、とうつ伏せでじたばたし、
『やって、やってー』
 ぷりゅーっ、と左右に勢いよくローリングまでする。
「な……」
 アリスはさらにあぜんとなり、
「なんて、わがままな白姫なんですか」
「わがままでいいんだし。かわいいから」
「だから、かわいくてももうすこし普通にしてください!」
 そんなささやかな抗議をしている間に、
『わ、わかったから』
 思い出の中の葉太郎はあっさり白姫のわがままに負け、
『ぷりゅーっ』
 白姫を高々と放り上げる。落ちてきたところを今度はさすがに落とすようなことはなく、受け止めた彼女をまたも高く投げ上げる。
『ぷりゅーん♪』
 空中でごきげんにいななく白姫。
 微笑ましい光景ではあるが、疲労し切っている葉太郎にはかなりの負担だろう。それでも彼は笑顔を絶やさず、実際に嫌がっている気配も感じられなかった。
 心から白姫をかわいがっている。その想いがはっきりと伝わってくる光景だった。
「こうやって甘やかされ続けていまの白姫になってしまったんですね」
「………………」
「白姫?」
 何も言い返されないのをおかしく思って隣を見る。
「あ……」
 耐えていた。
 涙をこぼしてしまいそうになるのを懸命に。
「白姫……」
 そして、
「………………」
 アリスの中の『決意』が確かなものになる。
「行きましょう」
「ぷ……!」
 はっとなった白姫は、涙を散らそうとするように頭をふって、
「そ、そうだし、行くし! いまは早くアリスを」
「そうじゃありません」
 アリスも首を横にふる。
「白姫」
「ぷりゅ?」
 まっすぐに見つめられ、白姫がけげんな顔になる。
「たどれるんですよね」
「たどれる?」
「においをです。道はわからなくてもにおいをたどることはできるんですよね」
「だから、それは」
 いまさら何を言っているんだというように顔をしかめ、
「戻ったって意味ないんだし。何度言わせるんだし」
「意味はあります」
「ぷりゅりゅ?」
「白姫」
 決意を口にする。
「みんなのところに戻りましょう」
「ぷりゅ!?」
 唐突な言葉に白姫はあわてて、
「な、なに言ってんだし! シャオロンやキリカゼたちにだけ会えるって保証はないんだし!」
「そういうことじゃありません」
 またもアリスは静かに首をふり、
「みんなです。この世界にいるみんなのところに」

「シロヒメはどうなっても知らないんだし」
 不承不承。そんなオーラをこれでもかと漂わせながら、白姫は地面のにおいをかぎつつ先を歩いた。
「ありがとうございます、白姫」
「ぷりゅふんっ」
 不機嫌そうに鼻を鳴らすも、それ以上は何も言わず彼女は歩を進めた。
「………………」
 大丈夫だろうか。その思いがあらためてアリスの胸に渦巻く。
(でも……)
 やらなければならないのだ。
 仮に自分が逃げ出させたとしても、白姫たちの言うことが本当ならこの世界は閉じられ、人間と動物たちは離れ離れになってしまう。
 アリスは騎士を目指す者だ。
 無二の相棒である馬のいない騎士など考えられない。
 騎士だけの問題ではない。人間全体にとって動物たちはかけがえのない存在だ。
 だから――逃げるわけにはいかない。
「本当に行くし?」
 あらためて白姫が聞いてくる。しかし、アリスの答えは変わらなかった。
「行きます」
「ぷりゅったく、わけのわかんねーアリスだし。何かあってもシロヒメはもう絶対助けないんだし。絶対だし」
「それで構いません」
「って、なんだしそれーーっ!」
「きゃあっ」
 不意に怒りを爆発され、さすがに驚く。
「どういうことだし! シロヒメに助けられたくないって言ってんだし!?」
「そ、そういうわけでは」
「そういうわけなんだし!」
 見た。
「あ……」
 白姫の目に涙が光っていた。さっきと違ったのは白姫が険しい顔でこちらをにらんでいることだ。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 その肩がふるえる。
「なんでなんだし」
「えっ」
「なんでカッコつけてんだし。アリスのくせに」
「それは」
 カッコつけなんかじゃない。そう言おうとするより早く、
「さっさと逃げちゃえばいいし! どうせアリスなんだから!」
「どうせって……」
 さすがに言い返したくなるが、またもそれより先に、
「アリスになんて何もできないし! だからさっさと逃げるし! いまからでも遅くないんだし! ぐずぐずしてたら逃げることもできなくなっちゃうし!」
「……!」
 思わずひるむが、すでにアリスの中には確信があった。
「逃げても同じです」
「ぷりゅぅ!?」
「向こうに戻れたとしても、みんながいなくなった世界で自分たちが平気でいられるとは思えません」
「けど、もうどうしようもないんだし!」
 悲痛さをにじませて叫ぶ。
「それにっ」
 強がるようにそっぽを向き、
「シロヒメたちがいなくなっても平気かもしれないし。案外これまでと変わらずに生きていくかもしれないし」
「そんなことは……」
「シロヒメたちが……シロヒメっ……が……」
 声がふるえる。
「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」
「白姫……」
 限界だったのだろう。大粒の涙と共に強気な表情が崩れていく。
「シロヒメがいなくなってもみんなは……みんなは……」
「白姫」
 優しく。そして力強く抱きしめる。
「そんなことはさせません」
「なに言ってんだし……」
 しがみつくようにしてむせびながら、
「アリスなんかに……何もできるわけ……」
 そこに、
「アリスちゃん! 白姫ちゃん!」
「っ!」
 共に顔が跳ね上がる。
「桐風……!」
 駆け寄ってくる桐風。その後ろには赤褐色の髪の少女もついてきていた。
「どうして桐風と……あ、麓華ですよね?」
「ぷりゅ」
 少女――麓華がうなずく。
「まさか、本当にアリス様だったとは」
 あらためて驚いたという目が向けられる。確かに、彼女がこちらの姿を見たのは、必死に訴える白姫を見かねて飛び出したあの一瞬だけだ。
「人間の方をこの世界につれてくるとは。信じられません」
「シロヒメがつれてきたんじゃないし! アリスが勝手に来ちゃったんだし!」
 涙で顔を濡らしながらも敵意むき出しで声を張る。
「勝手に来ちゃったんだから勝手に帰るし、アリス!」
「いやいや、何も知らないで来ちゃったんだから、それは無理だって」
 こんなときも崩れない飄々とした態度で桐風が言う。
「ぷりゅーか、白姫ちゃん、一目散に飛び出しちゃったでしょ。無茶苦茶に逃げて、迷子になってるんじゃないかって」
「ぷりゅ……!」
 ぎくっというように肩がふるえる。
「それで、麓華ちゃんと一緒に追ってきたわけ。ほら、シャオロンたちじゃ馬を追いかけるのは大変だから」
「ですが、においをたどってきたために思ったより時間が」
 と、そこで麓華がはっとなり、
「カン違いしないでください! わたしはあなたでなくアリス様が心配で」
「はいはい、とりあえずそーゆーことで」
「とりあえずではなく、本当に」
「つまんねーこと言い合ってる場合じゃねーし!」
 涙顔のまま、白姫がいきり立つ。
 と、素早く辺りを見渡し、
「追っ手は? 追っ手はいないんだし?」
「追っ手?」
 時代がかった言い方に苦笑する桐風だったが、すぐに表情を曇らせる。
「やっぱり追われてると思った?」
「思うし。アリスをつれて逃げちゃったから」
 桐風が静かに首を横にふる。
「もうそういうことは問題じゃないんだよ」
「ぷりゅ?」
 桐風は語り出した。白姫がアリスをつれて逃げ出した後、何があったのかを。
「結論は出ちゃったんだ」
「ぷりゅ!」
 白姫の耳がぴんと立つ。
「それって……」
「白姫ちゃんも察してたでしょ?」
「ぷ、ぷりゅ……」
「とにかくね、もう閉じるって決めちゃったからには、白姫ちゃんたちを追っても意味がないんだよ」
「ぷりゅぅぅ……」
 その予感を口にしていたにも関わらず、あらためてショックを受けたというように弱々しい鳴き声がこぼれる。
「じゃあ、もう、だめなんだし?」
「ええ……」
 麓華もまたつらそうに唇をかむ。
「だから、せめて、アリス様だけでも元の世界に帰さなくてはと」
「帰りません」
「えっ」
「ぷりゅ!?」
 驚きを見せる桐風と麓華。
 話を聞いて、アリスは決意をいっそう強いものにしていた。
「行きます」
「行くって……」
「みなさんのところにです」
「みなさんとは」
 彼女たちが戸惑っていると、
「アホなんだし!」
 キレ気味の鳴き声があがる。
「アリス、みんなを説得するつもりなんだし! アリスのくせに!」
「ええっ!?」
 桐風が驚きの声をあげ、麓華も目を見張る。
「それは無理なんじゃないかなー、アリスちゃん」
「そうです。すでにどうなるかは……」
「決まってません!」
 懸命に言う。
「まだ夜は明けてないじゃないですか! そうですよね!?」
「それは……」
 麓華が困ったように桐風を見る。
 と、桐風が冷静な顔でアリスの前に進み出て、
「アリスちゃん、もう無理なんだよ」
「そんなことは」
「あるんだよ」
 あくまで冷静に。桐風が言う。
 しかし、そこにつらさ悔しさがにじむのをアリスは感じる。
 桐風も騎士の馬だ。
 この世界を閉じるということ。それは主人との別れを意味する。そのやりきれなさを押し隠すようにして、彼女はたんたんと語っているのだ。
「でも……でも……」
 アリスは引き下がれない。引き下がるわけにはいかないのだ。
「行かせてください」
「アリスちゃん……」
「自分を行かせてください! みなさんのいるところに!」
 さすがの桐風も閉口した様子を見せる。
 すると、
「……行かせればいいし」
「えっ」
「あ、あなた、何を」
 戸惑う桐風と麓華。
「行かせないとわかんないんだし。アリス、アホだから」
「アホじゃないです」
 このようなときでもそこは否定する。
「ぷりゅーか」
 キッ。白姫がにらんだのは桐風だ。
「なに無理って決めてるし」
「それは……だって」
「ううん、違うし」
 すぐに頭をふり、
「無理って決めてたのは、シロヒメなんだし」
「白姫ちゃん……」
「アリスがあきらめてないのに……なのに……」
 白姫の肩が細かくふるえ出す。
「負けらんねーし」
「白姫……!」
 アリスが驚く中、白姫は凛々しく顔を上げ、
「そうだし、誰が無理って決めたし! まだ本当の本当にそうなっちゃったわけじゃないんだし! あきらめたりしたら騎士の馬として恥ずかしいんだし!」
「そ、そうですよ! 立派ですよ、白姫!」
「カン違いすんじゃねーし」
 ビッ。白姫はこちらを指――でなくおそらくヒヅメさし、
「アリスに乗せられたとかじゃないんだし。シロヒメ、もともとあきらめるつもりなかったんだし。アリスを送り返したら、ちゃんとシロヒメだけでも最後の最後まで説得するつもりだったんだし」
「いや、さっき『無理って決めてた』って」
「うるせーし!」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「さあ、アリスを蹴って勢いをつけたところで」
「やめてください、そんなひどい勢いづけ!」
「ほら!」
「えっ」
 不意に背中を向けた白姫にアリスは目を丸くする。
「えーと……え?」
「アホだしー」
「アホじゃないです」
「間に合わないって言ってんだし!」
 白姫はいら立たしそうに、
「乗るんだし! そのほうが早く着くし!」
「えーーーーーっ!」
 驚愕してしまう。
 しかし、それは当然と言えた。
 騎士見習いには掟がある。一人前の騎士になるまで騎士槍を手にしてはいけない。そして馬に乗ることも基本許されないというものだ。
 加えて、騎士の馬は主人以外の人間を乗せることを嫌がる。ただでさえ葉太郎になついている白姫は日ごろから他の者は乗せないと公言していた。
 それが――
「わ、罠ですか」
「どういう意味だしーっ!」
「きゃあっ」
「ぷりゅーか」
 心の底から不本意だというように、
「もう乗せちゃってんだし」
「えっ」
「逃げるときに」
「あ」
 言われてみればその通りだ。
 もちろん、意識のないアリスが自分から『乗った』とは言えないのだが。
「ぷりゅーかぁー」
 白姫は悪そうな顔で、
「なに見習いのくせにシロヒメに乗ってんだしー。あり得ないんだしー」
「ええっ!?」
 たちまちアリスはおろおろし出し、
「そ、そんな、自分、白姫に乗るつもりなんて」
「しらじらしーんだし。乗るつもりがなくてどうやってシロヒメに乗れるし」
「それはだから、白姫が」
「シロヒメのせいにするし? シロヒメに罪をなすりつけよーとするし?」
「そんなつもりありませんよ!」
 あわてて言う。そんなこちらを前に白姫はしれっと、
「とにかく一度やったら二度も三度も同じだし。罪は変わらないし」
「罪を前提で話さないでください!」
「いいから!」
 真剣な目がこちらに向けられ、
「さっさと乗るし。シロヒメがこんなこと許すなんてもう二度とないんだし」
「で、ですよね」
 うなずきつつも、まだ疑いは消えない。
「本当に……本当ですか」
「ぷりゅぅ?」
「自分を安心させて、やっぱり何か罠を」
「どこまで疑い深いんだし。心が曲がってるからそういう考え方しかできないんだし」
「えぇぇ~……」
 アリスとしては、日ごろの白姫の行いに原因があるとは思うのだが。
「だったら、条件出すし」
「えっ」
 ドキッ! アリスの胸が跳ね上がる。
「じ、条件って何を」
「約束するし」
 白姫は――言った。
「騎士になるし」
「えっ」
「これが全部終わったら、ちゃんと修行して一人前の騎士になるんだし。そうすればシロヒメに乗るのは〝前借り〟ってことで許してあげるし」
「白姫……」
 思わぬ言葉に胸をつかれ、目頭が熱くなる。
 が、すぐに力強く笑みを返し、
「わかりました。自分、約束します。必ず立派な騎士になってみせます」
「アリス……」
 白姫も笑顔を見せ――
 と、すぐさま、
「まー、無理だと思うけどー」
「ええっ!?」
「無理に決まってんだし。アリス、アホだから。ダメダメだから」
「アホじゃないですし、ダメダメでもないです!」
「自意識のないところが、ますますダメダメなんだし」
「えぇぇ~……」
「まー、完全に無理なことがわかってる約束なんだけどー。それでも、シロヒメ、優しいからー」
「ぜんぜん優しくないですよ、言っていることは」
「あと、シロヒメ、帰ったらきっちりヨウタローに報告するんだし。嫌がるシロヒメに無理やり乗ったって」
「するんですか!?」
「もちろん、ヨリコにもだし」
「えぇぇぇぇーーっ!」
 従騎士の立場で馬に乗ったことが知れたら、葉太郎はともかく依子のお仕置きは必至だ。
「や、やめてください、報告は!」
「シロヒメに嘘つけって言うし? 騎士の馬のシロヒメに」
「いや、白姫、嘘はよくつくじゃないですか」
「なんてこと言うし。シロヒメ、嘘なんてついたことないし」
「それがもう嘘じゃないですか!」
 たまらず大声を張り上げてしまう。すると、
「ふふっ」
「う……」
 桐風の笑い声に気づき、たちまち頬が熱くなる。
「ご、ごめんなさい、こんなときに」
「すごいよね」
「えっ」
「だって、白姫ちゃんもアリスちゃんも」
 憧憬の眼差しが向けられる。
「帰れること前提で話してるんだもん」
「あっ」
 そうだ。無意識に言い合っていたが、葉太郎や依子に報告されるということは、つまり再び彼らに会えるということだ。
「当然帰れるし」
 そう言って胸を張る。
「シロヒメが本気出すんだし。うまくいかないわけがないし」
「これまでも十分本気を出していましたが」
「だから、もっと本気出すんだし!」
 麓華のつぶやきにむきになって言い返す。そして、
「ほら! 早く乗るし!」
「は、はいっ」
 アリスももうためらわなかった。
「はっ!」
 気合と共に飛び乗る。
 その瞬間、再び白姫は人間から白馬の姿になっていた。
「ふり落とされんじゃねーーーしっ!」
 パカラッ、パカラッ、パカラッ!
 ヒヅメ音高く。アリスを乗せた白姫は大地を蹴って駆け出した。
「桐風、わたしたちも!」
「もちろん!」
 後ろからついてくる彼女たちの気配を感じ、
(みんな……)
 絶対になんとかするというその想いをアリスはより強いものにしていた。

「……!」
 感じた。
 この世界そのものをたわめているような、圧倒的な暗く重い意識の波を。
「そろそろですね……」
「そろそろだし」
 背中のアリスのつぶやきに、白姫が答える。
「引き返すし?」
 首を横にふる。見えなくともそれは白姫に伝わったようだ。
 ゆっくりと。
 後ろに続く麓華と桐風と共に前へ進んでいく。
 やがて、
「う……」
 見えた。
 いや、これはやはり感じたというほうが正確だった。
「こ、こんな」
 声がふるえた。
 違う。無数の個々の影として感じられたものが、いまは絶望の感情を核とした大きな群れのように見えた。
 いや群れですらない。
 塊――
 それは一個の巨大な闇の集合体であった。
「きゅーーーっ!」
 聞こえてきた悲鳴にはっとなる。
「イヤですーっ! 人間を憎むようになりたくないですーっ!」
「シャオロン!」
 小さな影がいままさに闇に飲みこまれようとしていた。
「しっかりしてください!」
 白姫の背から飛び降りると、あわててシャオロンの手をつかむ。
「手伝ってください、白姫!」
「わかったし!」
 またも人間の姿となった白姫がアリスと並んでシャオロンの手を引く。
「もうちょっとだし! がんばんだし!」
「きゅうぅぅ~……」
 下半身を闇に飲まれたシャオロンがあらがうようにじたばたと身体をよじらせる。アリスも懸命に引っ張る手に力をこめる。
「アリス! ぷりゅト一発なんだし!」
「なんですか『ぷりゅト』って!?」
「いいから言うし! ほら!」
「ぷ……ぷりゅトーーっ!」
「いっぱーーーつ!」
 瞬間、
「きゅぅっ!」
 スポン! シャオロンの小さな身体が勢いよく抜ける。
「きゃあっ!」
「ぷりゅっ!」
 勢いあまってアリスたちは豪快に後ろに倒れこんだ。
「痛たたたた……」
「何すんだし! 抜けるときはもっとおとなしく抜けるし!」
「無理を言わないでくださいっ」
 抗議するシャオロンだったが、すぐにはっとなり、
「ど、どこですか? どこですか!?」
 あたふたと周りを見渡す。
「なに探してんだし」
「ルルです! シャオロン、飲みこまれそうになったルルを助けようとしたんですっ!」
「それが、なんで自分が飲まれそうになってんだし」
「う……その、ルルを助けようとあせったら転んでしまって」
「間抜けだしー」
「きゅぅぅ~……」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ、白姫! シャオロンも落ちこんでないで!」
 そこに、
「ぴぴぃーっ!」
「!」
「ルルです!」
 とっさに駆け出すアリスたち。巨大な塊を大きく迂回するようにして鳴き声の聞こえたほうへ向かう。
「あっ!」
 シャオロンと同じように黒い塊に飲まれようとしている影があった。
 しかし、それはルルではなく、
「なに見てるの! シャオロンも手伝って!」
「きゅっ!」
 我に返ったシャオロンがあわてて飛び出し、アリスたちもそれに続く。
 飲まれかけていたのはビストだった。
 ルルはそんな彼を懸命に引っ張り出そうとしていた。
 そのそばには桐風と麓華もいて、すでに共に力を合わせていた。そこにアリスたちが加わって一気に引く力が増し、
「ぐるっ!?」
 スポンッ! とシャオロンのようにビストは勢いよく引っこ抜かれた。
「だから、おとなしく抜けるし!」
「ぐるぅ?」
 わけがわからないというように憔悴した表情ながらビストが首をひねる。
 と、その顔がルルに向けられ、
「まったく……さっさと逃げろって言ったろーが」
「そんなことできるわけないでしょ!」
 ぴっ! とルルが肩を怒らせる。
「ど、どういうことですか」
 脇からのシャオロンの問いに、
「助けてくれたの。ビストがルルを」
「きゅぅっ!」
 鱗が逆立つようなショックを見せる。
「きゅぅぅ……ルルのことはシャオロンが助けようとしてたのに」
「んで、助けらんなかったんだろうが」
「きゅぅぅぅ~……」
 正論すぎるビストの指摘に、さすがに言い返すことができない。
「それでね、ルルの代わりに飲みこまれちゃったの」
「ハン。たいしたことじゃねえよ」
 くいっ。何度も見せている気取るような首の角度で、
「男が女を守るのは当たり前のことだろうが」
「きゅぅぅ~……カ、カッコイイですぅ」
 悔しがるシャオロンを、ビストはさらに見下すように、
「ハッ、これからは無理するなよ。ガキなんだからよ」
「そっちだって子どもじゃないですか!」
「てめえみたいな、ガキガキしたやつとは違うんだよ」
「ガキガキしてないです! ちゃんと大人の男を目指してます! だから、館長のそばでずっと学んでるんです!」
「いや……」
 思わずツッコみそうになるアリス。
 館長――シャオロンがいつも首に巻きついているターフェイは女性だ。しかし、誰より『男らしい』ということについてもまた疑いのない人だ。
「学んでるってことは、つまりいまはガキなんじゃねーか」
「ガキじゃないですーーっ!」
 そこに、
「ぴっ!」
 バシンッ! バシンッ!
「きゅっ!」
「ぐるっ!」
 ルルのあざやかな回転平手が決まり、またもシャオロンたちは吹き飛ばされる。
「い、痛いです……」
「とことん暴力女じゃねーか……」
「いまはケンカしてる場合じゃないの! ぴいうか、シャオロン!」
「きゅ?」
「なんで、アリス様がここにいるの!」
「アリス様?」
 きょとんと首をひねるシャオロンだったが、
「きゅっ!」
 いま気づいたというようにこちらを見て鱗をふるわせる。
「ホントです! アリス様がいます!」
「いや、シャオロンを助けたの、自分なんですけど」
「それと、シロヒメだし」
「抜け出そうとするのに夢中で気づかなかったですっ」
「アホだしー」
「アホじゃないですっ」
「だから、そんなこと言ってる場合じゃないの!」
 ルルが声を張る。
「ここにアリス様がいたらまずいでしょ! アリス様が……人間がいたら!」
 人間――
 その言葉に反応したのか、
「!?」
 黒い巨塊が動き出した。
 こちらの恐怖をあおるかのごとく。ゆっくりと覆いかぶさってくるように、それはこちらに向かい迫ってきた。
「に、逃げるです、アリス様っ!」
「……いいえ」
 あわてふためくシャオロンに、同じく恐怖を感じながらもアリスは首を横にふった。
「自分は話し合うために来たんです」
「きゅぅぅ!?」
 シャオロンが驚きの声をあげ、ビストとルルも目を見張る。
「なんだと……」
「は、話し合うって……」
 懸命に怖れをこらえるとアリスは迫る巨塊を見上げ、
「みんなと話し合います」
「きゅきゅきゅぅぅっ!?」
 シャオロンがさらなる驚愕の鳴き声をほとばしらせる。
 あせったようにビストとルルが身を乗り出し、
「わかってねえのか、女! あれはもう話し合えるようなモンじゃねえぞ!」
「そうだよ! それより、アリス様だけでもここから……」
 アリスは――
「!」
 進んだ。前に。
「や、やめるですっ!」
 止まらない。逃げ出したくてたまらない自分の足を懸命に前へと動かす。
「白姫、止めるですっ! アリス様が」
「止めらんねーし」
「きゅきゅぅっ!?」
 三たび鳴き声が響く。
「なんでですか! イジワルはだめですっ!」
「イジワルなんかのわけねーし」
 白姫は真剣な口調で、
「アリスは――」
 言った。
「アホなんだし」
 ずるっ。凛々しく進んでいたアリスの足がすべる。
「ア、アホじゃ……」
 とっさにふり向いて抗議しようとした――
 その瞬間、
「!」
 一気に。
 覆いかぶさってきた黒い巨塊に成すすべなく、
「アリス様―――――っ!」
 シャオロンの悲鳴を聞きながら、アリスの意識は途切れた。


「く……」
 もうこれで何度目の意識喪失だろう。
 ぼんやりと覚醒し始めたアリスが思ったのはまずそのことだった。
 そして、気づく。
 ここでは――意識する世界はひどくもろい。
 だからこそ、己をしっかり保たないといけない。
 保っていなければ――
「あ……!」
 感じた。
「くっ……う……」
 押し寄せてくる。
 諦念。
 圧倒的なそれがこちらを蝕んでくる。
「くうっ……うううっ」
 強い。
 身体を隙間なく包みこみ、そして浸みこんでくるようなその感覚に、アリスはどうこらえていいかもわからず身もだえるしかない。
 あきらめ――
 感情という範疇を超えたその冷たさ、空虚さに、たちまち力が抜けていく。
「だめです……だめ……」
 逃れようのない浸食に対し、弱々しくつぶやくことしかできない。
 再び意識が遠くなっていく。
 意識を……すべてを手放すように――
「なに、あっさりあきらめようとしてんだしーーっ!」
「!」
 パカラッ、パカラッ、パカラッ!
 怒号とヒヅメの音が意識を引き戻す。
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 突然の後ろ蹴りがさらに意識をはっきりとさせる。
「な、何をするんですか!」
「目ぇ覚まさせてやったんだし。ありがたく思うし」
「ありがたくないです! こんなところでまで白姫は……」
 そこでアリスはがく然となる。
「なんでいるんですか、白姫が!」
「いるに決まってるし」
「いるに決まってませんよ! ここは……」
「絶望してしまったみんなの〝中〟だし」
 わかっている。そう言いたそうに白姫の表情が引き締まる。
「だったら」
「シロヒメは絶望する気なんてないんだし」
 周りに向かって声を放つ。
「みんなーっ! シロヒメはみんなに飲みこまれたりしないしーっ! みんなを元に戻してあげるんだしーっ!」
「あの、でも」
 アリスは思わず、
「白姫がここにいるということは、つまり飲みこまれたということじゃ」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「デリケートなとこにツッコむんじゃねーし」
「ぜんぜんデリケートじゃないですよ、こんなひどいことをする白姫は!」
 立て続けの蹴りに非難の声をあげる。
「とにかく! ここのほうがむしろ説得できるんだし! 中から届かせるんだし!」
「あっ、そ、そうですよね!」
 アリスはやる気を取り戻し、
「みなさーん! 自分たちは……」
 しかし、
「きゃあっ!」
「ぷりゅっ!」
 白姫の登場に動揺したように止まっていた波動が、その強さを増して押し寄せてくる。
「くぅぅっ……」
 アリスは感じる。
 先ほどまでにはなかったこれは――
 嫉妬。
(自分と白姫の姿を見て……)
 そうとしか考えられなかった。
「いや、自分、いま白姫にイジメられてたんですけど」
 思わずつぶやいてしまう。
 しかし、そのことですらうらやましかったのだろう。それほどに人間は自分たちから関心を失ってしまったと思っているために。
(だったら……)
 やはり自分の感じたことは正しかった。
 その想いを胸に、
「みなさん」
 なえていく心に喝を入れ、すっと背を伸ばす。
「自分はみなさんと話し合うために来ました」
 瞬間、
「うっ……」
 ぐんと。身体が冷えるかのごとく心が冷えていく。
 激しくはない。
 どこまでもそれは静かだ。
 しかし、冷めた圧はたちまちアリスから熱を奪い取っていく。
「く……うぅ……」
 膝をつきそうになりながら、それでも、
「聞いて……ください……」
 絶望の冷気に唇をふるわせつつ、
「自分は……話をしたいんです」
 返ってきたのは、さらなる凍てつき。
「きゃっ……」
「ちょっと待つし!」
 たまらずというように白姫が前に出る。
「話くらい聞いたっていいし! アホなアリスの言うことくらい大目に見るし!」
「アホじゃないです……」
 そう言う声にも力が入らない。
「く……」
 それでもアリスは、
「こんなことをしちゃ……だめです」
 流れようとした涙が凍る。
 涙――
 それは、自分や、自分たち人間のためでなく。
 心を閉ざそうとしている動物たちを想って流れていた。
「だって……」
 訴える。
「みんなは本当に人間のことが好きじゃないですか」
 ――! 空間がゆれる。
「きゃあっ!」
「アリス!」
 動揺をあらわすような足元のゆれに、たまらず膝を折る。
「だから、やめるんだし!」
 白姫が負けまいと声を張る。
「大目に見てって言ってるし! 大人げないんだし!」
「いいんです、白姫……」
「シロヒメがよくないんだし!」
「えっ」
「だって……」
 この上なく真剣な顔で、
「アホなアリスをまともに相手してたら、シロヒメたちまでみんなアホだと思われてしまうんだし!」
「だあっ!」
 たまらず顔面から倒れこむ。
「ひどすぎますよ、白姫の言っていることのほうが!」
「これでも大目に見てるし」
「どういう『大目』ですか!」
 瞬間、力がわいてくる。
 不条理な言葉への憤りが力を与えてくれる。
(白姫……)
 一人では無理だった。
 そうだ、自分の伝えたいことは――
「あきらめないでください!」
 立ち上がったアリスは精いっぱいの大声で、
「自分たちは! 人間は! みなさんを必要としてるんです!」
 ――ゆれる。
「うっ……」
 押し寄せる不信の念を感じつつも、
「本当です! 自分たちは」
 そこに、
「アリスの言うことをまともに聞く必要なんてねーし!」
「ええっ!?」
 とんでもないことを言われてさすがに悲鳴をあげる。
「アリス!」
「っ……」
「なに、ぐだぐだやろうとしてるし!」
「ぐだぐだって」
 そんなつもりはない! 自分は一生懸命に説得しようと――
「言葉じゃ意味ないんだし!」
「……!」
 はっとなる。
 言葉では意味がない。それはつまり――
「アリスはアホなんだし。まともなこと言えるわけないんだし」
「えぇぇ~」
 それが理由!? がくぜんとなるアリスに、
「だから」
 じっと。こちらの目を見て、
「アリスにはアリスにしかないものがあるし」
「自分にしかないもの……」
 それは――
「あっ」
 わかった。
 と、その瞬間、
「うくっ……」
 強くなる。こちらを圧しようというその意思が。
 とっさにあらがいそうになって、しかし、それが違うと気づく。
 拒んではだめなのだ。
「感じてください!」
 両手を広げる。精一杯の勇気をふりしぼって。
「自分は……自分は……」
 明け透けな心に絶望が入りこんでくる。
「う……」
 拒絶しそうになる。
 それを懸命にこらえる。
「自分……は……」
 ある。
 白姫の言った通りだ。自分の中には――
「あります」
 腹の底から大声で、
「自分の中にはあります! みんなを愛しいと思う心が!」
 そうだ! それだけは絶対に間違いがない。
「感じてください! 自分の想いを!」
 しかし、
「くっ……う!」
 弱まらない。
 むしろ、いっそう強く押しつぶされそうになる。
「どうして……ですか」
「あきらめてんじゃねーし」
「……!」
 感じた。
「白姫……」
 握られていた。
 手を。
 白姫の手で。
(……手……)
 おそらく正確には違う。
 馬のヒヅメが人の手を握ることはあり得ない。
 けれども、
(白姫……)
 つながっているのだ。
 それは、やはり間違いのないことなのだ。
(白姫と……自分と……)
 つながっている。
 そして、それは自分たちだけで終わらない。
「つながっているんです……」
 今度こそ本当に。
 アリスは迷いのない心で、
「自分たちはつながっているんです」
 言った。
「自分たちは! 自分たちには! みんなが必用なんです! いえ、必要なんて、そういう意味の言葉でもなくて!」
 アリスは言った。
「みんなにそばにいてほしいんです!」
 ――!
 ゆれた。
「あっ」
 気づいた。
「みんな……」
 絶望の、あきらめの――
 その奥にある心。
「やっぱり……」
 その先を言う前に、
「気を抜くんじゃねーし!」
 叱咤に我に返る。
「言葉じゃないんだし! 何度も言わせんじゃねーし!」
「そ、そうですよね!」
 目を閉じる。
 ただ感じる。
 自分の手を握ってくれている……つながってくれている――
 白姫の想いを。
(白姫……)
 かけがえのない友。
 しかし、その出会いはあまり喜ばしいものではなかった。
 思い出す――
『はじめまして、白姫。これからよろしくお願いしますね』
『ぷりゅふんっ』
 思い切り不機嫌そうに顔をそむけられた。いまならよくわかるが、そのときの白姫は自分と葉太郎の間に邪魔者が割りこんでくるのが気に入らなかったのだ。
『あ、あの……仲良くしましょうね』
『ぷりゅふん』
『白姫……』
『ぷりゅふん』
『あの、白姫、こっちを見て……』
『うるせーし!』
 パカーーーン!
『きゃあっ』
『気安くシロヒメの名前呼んでんじゃねーし』
『ぐ、ぐふっ』
 喜ばしいものではない――というより最悪だった。
 しかし、従騎士として、主人の馬である白姫の面倒を見ないわけにはいかない。
 とにかく大変な日々だった。
『白姫、ごはんが……』
『さっさと持ってくるしーっ!』
 パカーーーン!
『白姫、毛並みのブラッシングを……』
『やるなら早くやるしーっ!』
 パカーーーン!
『あの、白姫、もうすこし仲良く……』
『うるせーし!』
 パカーーーン!
『ぐふぅっ!』
 蹴られに蹴られ続けた毎日だった。
(あっ)
 気づく。
 蹴られに蹴られる……それは――
 いまもまったく同じだ。
「ふふっ」
 笑ってしまった。
 蹴られることは変わらない。それでも昔のような不安はない。
 だって、自分は――
「……っ」
 感じた。空間が不審の念でゆらぐのを。
「おかしくはないですよ」
 語りかける。
「だって、自分は……」
 言う。
「白姫の……友だちですから」
 ――!
 ふるえる。激しく。
 アリスを取り巻く空間が。
「友だちですから」
 踏みこむ。
「最初は、自分、白姫の機嫌を取ろうとしてました。白姫に好かれようとしてました。でもすぐにそんなことできないって気づかされました」
 言う。
「『仲良く』なんて思ってたからだめなんです。白姫はわかるんです。賢いから」
「賢いんだし」
 ぷりゅ。白姫がうなずくのが伝わってくる。
「そんなこっちの思惑なんてわかってしまうんです。だから……」
 アリスは言う。
「白姫とはいつの間にか友だちになってました」
 ゆれる。先ほどより大きく。
「自分、何度も白姫にイジメられました。イジメられているうちに、白姫にこう思われたいとかどう思われたいとかなくなってました。そして、怒りました。葉太郎様の馬だっていう思いもなくなってました。怒って、そして言い返しました」
「うっとうしかったしー」
 ぷりゅ。またもうなずかれる。
「『イジメはやめてください』『もっと普通にしてください』って。そう何度も何度も言いました。でも白姫はぜんぜん聞いてくれませんでした」
「当たり前だし。なんでアリスの言うこと聞かなきゃなんねーし」
「自分……もう無理だと思いました」
 声の勢いが落ちる。
「けど、葉太郎様がこう言ってくれたんです」
 よろこびがにじむ。
「ありがとう……『白姫のそばにいてくれてありがとう』って」
 ゆれる――
「葉太郎様は言いました。自分は白姫のことを大切に思っていて、とてもかわいがっている。けど、自分ではできないこともあるって」
 あのときのことを思い出して。
 アリスは胸をふるわせつつ、語る。
「自分は兄のつもりだけど、やっぱり同じ女の子じゃないとできないことがある。同じように笑ったり、女の子同士……ケンカしたり」
 ゆれる。
 ゆれる。
「それを聞いて、思いました。自分にもできることがあるって。自分が自分であることが、そのまま意味のあることなんだって。だから――」
 声に力をこめる。
「みんなもケンカしてみてください!」
 ――! ゆれる。
「なんてこと言うし」
 白姫の声がすぐそばで聞こえる。
「『ケンカしてみて』なんて。そんなことヨウタローは絶対言わないんだし」
「あの、確かにケンカ〝してみて〟とは言いませんでしたけど、それでも自分はそういうふうに」
 思い浮かぶ。途切れることなく。
 ほぼ一年――
 白姫と過ごした日々。
 イジメられた。イジメられ続けた。
 けど、その中で通い合うものがあった。
 どちらが上でも下でもない。
 同じ立場で。
 正確には同じではないかもしれないが、そんなささいな分別を越える近さで。
 自分と白姫は――
 人と……馬として――
 同じ命として――
「同じです」
 確かな想いと共に。
 言う。
「自分たちは同じなんです。同じ仲間なんです」
 言った。
「同じ……友だちなんです!」
 ――――!
 感じた。
「っ!」
 ゆれる。
 いや〝ゆれ〟というレベルではない。
 震動――
 空間そのものが崩れていくような激しいふるえだ。
(まさか……)
 最悪の予感が脳裏をよぎる。
 彼らは――逆に本当に絶望してしまったのかもしれない。自分たちはアリスと白姫のようにはなれない。そう思ってしまったのかもしれない。
「みなさん!」
 ずっと目を閉じて語りかけていたアリスが目を開いた――
 その瞬間、
「きゃっ」
 まぶしさにあわててまた目を閉じる。
 そして、はっとなる。
 絶望の闇の中に――光!?
(な、何が)
 おそるおそる。アリスは薄目を開ける。
「あっ」
 見たのは――
 闇の中に光が舞い踊る光景だった。
「これって……」
 思い出す。思い出の光だ。
 と、またもはっとなる。彼らは思い出だけでこの世界に閉じこもるつもりだったと。
「だいじょーぶだし」
 隣を見る。そこには心からうれしそうな白姫の笑顔があった。
「みんな、思い出したんだし」
「えっ」
「思い出だけじゃ悲しいって……気づいたんだし」
 そして、
「あ……」
 闇の中から浮かび上がる。
 光に導かれるように。絶望の集合体ではない個々の、それぞれの思い出に寄り添う動物たちの姿が。
「ぶもぶも」
「ぷぎぷぎ」
「とぅるるぅ~」
 白姫の言葉が実感となってアリスの胸をふるわせる。
「よかった……」
 本当に良かったと思った。
 人間の世界が助かったということではなく。彼らに希望がよみがえったことが。
(……いえ)
 心を引き締める。
 自分たちには、その希望を受け止める義務がある。
 同じ世界で共に生きていくものとして。
(バラバラなんて……やっぱり悲しいですから)
 思い出とは――魂の記憶。
 ここは、きっと魂の還る場所でもあるのだから。
「……!」
 バラバラと――
 剥離した闇の一部が思い出と共に光になっていく。
 その流れは加速していき、そして――
「!」
 視界を光が覆った。

「う……」
 今度こそは意識を失わなかった――と思う。
「アリス様――っ!」
 真っ先に駆けてきたのはシャオロンだ。
「アリス様なんですねっ! 無事なんですねっ!」
「はい」
 アリスは優しく微笑みかける。
「心配をおかけしました」
「きゅきゅっ」
 そんなの水くさい! そう言いたそうに首を左右にふる彼を見て、アリスはいっそう微笑ましい気持ちになる。
 そうだ……なんとかなったのだ。
 動物たちが自分たちの世界を閉じていたら、アリスたちの前からこの愛らしさは失われていた。
「ごめんなさいです、アリス様」
 シャオロンがしおらしく頭を下げる。
「アリス様が飲みこまれたとき、シャオロン、何もできなくて」
「いいえ」
 今度はこちらが首を横にふる。
「シャオロンは人間のことをとっても好きですよね」
「きゅっ」
「そう思ってくれることが、自分たちの力になったんです」
 あらためて。アリスはシャオロンに心からの笑みを向ける。
 そこに、
「これで安心みたいな顔してんじゃねーし」
「! 白姫……」
 隣に険しい顔で立つ白姫がいるのに気づき、アリスは彼女も共に抜け出せたのだと胸をなでおろす。
「だから、安心した顔してんじゃねーし。ぜんぜん安心できねーんだし」
 ぷりゅぷんと肩を怒らせる。
「ぷりゅーか、ギリギリだったんだし」
「えっ」
「もしも……」
 真剣そのものの目で、
「あとちょっとでも人間がシロヒメたちに冷たかったら、きっと閉じようっていう思いのほうが強かったんだし」
「そ、そうなんですか!」
「そうなんだし」
 ぷりゅ。うなずく。
「そうですね……」
 絶望の闇の中で決意したことを思い出す。
「自分、みんなの想いを他の人たちにも伝えます。そして、自分もみんなの期待を受け止められるような騎士になります」
「その意気だし」
 ぷりゅ。満足そうにうなずく。
 と、一転、
「まー、アリスには何も期待できないけどー」
「えぇぇ~……」
 相変わらずのひどい言われように、しかし、アリスは苦笑してしまう。
 その本当の気持ちは――わかっているつもりだから。
「がんばってください、アリス様っ」
 シャオロンがエールをくれる。
 いつの間にか来ていたルルやビスト、麓華たちもアリスを囲む。
「アリス様なら大丈夫だよ」
「ハン、女が無理すんじゃねーぜ」
「期待しています、アリス様」
「みんな……」
 優しさに目をうるませるアリス。と、そこに、
「だって、さっそくやる気だもんね、アリスちゃん」
「えっ」
 桐風の言葉に目を丸くする。
「やる気?」
「ほら、頭」
「頭……」
「あっ」
 周りから驚きの声があがる。
「ああっ!」
 頭に手を回したアリスも動揺に声をふるわせる。
「こ、これは」
 耳――
「きゅきゅ? アリス様、もう犬のフリはしなくてもいいですよ」
「してないですよ。いつの間にこんな」
 ぎゅっ。
「え?」
 ぎゅっ。ぎゅぎゅっ。
「ええっ!? こ、これ」
 取れない――
「恐れていたことが起こってしまったし」
 白姫の言葉に一同が息をのむ。アリスだけはわけがわからず、
「ど、どういうことですか? 何が起こってしまったんですか?」
「犬だし」
「犬はわかってますよ。どうしてつけてもいない犬の耳が」
「生えたんだし」
「は?」
 生えた――それは一体。
「アリスは……」
 ぷりゅしっ! ヒヅメをつきつけて白姫が言う。
「本当の犬になってしまったんだし!」
「えーーーーーーーっ!」
 衝撃の言葉に絶叫がほとばしる。
「ほ、本当の犬!? どういうことですか、それは!」
「そのまんまの意味だし」
 白姫は重々しく、
「アリスにはもともと犬っぽいところがあったんだし」
「う……」
 すでにルルたちにも指摘されていたが、あらためてショックというか複雑な心境だ。
「アリスはあれなんだし。自分のしっぽ追っかけてグルグル回ってそうなところあるし」
「そこまで言わなくていいじゃないですか!」
 周りから異論が出ないことに、さらにへこみそうになる。
「というか、犬っ〝ぽい〟じゃなくて、これじゃ本当に犬になっちゃってますよ!」
「本当に犬になっちゃってるんだし」
「そんな……」
「ほら、お尻にも」
「きゃあっ!」
 たまらず跳び上がる。後ろに回した手がつかんだのは――しっぽ!?
「ど、どういうことなんですか」
「こういうことだし」
 白姫が語り出す。
「アリスは犬になっちゃうんだし」
「だから、それはどうしてなんですか!」
「こっち側に長くいすぎたからだし」
「えっ」
 思い出す。そういえば最初から、みんな、自分を早く帰そうとしていたことを。あれは人間に対する悪感情が高まっているということだけが理由でなく――
「ここに長くいた人間は動物になってしまう……そ、そうなんですね」
 うなずく白姫。
「そんな……」
 へたりこむ。
 混乱していた。
 犬のことを悪く思ってはいない。しかし、自分がそうなってしまうというのは――
「う……」
 涙がにじむ。
 人間でなくなるということは、つまり――
 自分の夢である……騎士になるのも不可能ということになる。
「かわいそうなんだし」
「白姫……」
 さすがは友だちとして気持ちをわかってくれている。
 たまらず抱きつきそうになり――
「犬のみんながかわいそうなんだし。アリスみたいなアホが同じ犬だなんて」
「だあっ!」
 抱きつこうとした勢いのまま、勢いよく顔面からすべりこむ。
「なっ、なんてことを言うんですか!」
「言うし。アリスが犬ってことになったら、犬全体がアリスみたいなアホだと思われてしまうんだし。ものすごくかわいそうなんだし」
「そんなひどいことを言われているこっちがいまかわいそうですよ!」
 憤りのまま、声を張り上げる。
「わかりました! 自分、立派な犬になります!」
「えー、無理だしー」
「無理じゃありません! 立派な犬になって、犬初(いぬはつ)の騎士になってみせます!」
「なんなんだし、犬初の騎士って」
 白姫は肩をすくめ、
「そんなの聞いたことないしー。ヨウタローだってわけわかんないって言うんだしー」
「葉太郎様は……」
 一瞬言葉につまるも、しかし、アリスは確信を持って、
「葉太郎様ならきっと認めてくれます。自分が人間と動物の絆のために犬になってしまったことをわかってくれます」
「それは……ヨウタロー、優しいから」
「それに」
 かすかに頬を染め、
「犬になった自分を見たら……葉太郎様、かわいがってくれるかも」
 その瞬間、
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 アリスを蹴り飛ばした白姫は鬼気迫る勢いで、
「とんでもねーアリスだし」
「え? え?」
 アリスは戸惑い、
「それは……とんでもなくすごいということでしょうか」
「ぷりゅんなわけねーし!」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「どこまでずーずーしいアリスだし」
「え? え、え?」
 白姫は怒りをあらわに、
「なにが『かわいがってくれるかも』だし! なに、ヨウタローにかわいがってもらおうとたくらんでんだし!」
「た、たくらんでは」
「ヨウタローにかわいがられるのはシロヒメだし」
 それだけはゆずれない。強い意志がこれでもかと伝わってくる目力で、
「シロヒメのヨウタローを狙うアリスにてんちゅーだしーっ!」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 パカーーン、パカーーン!
「ぐふっ! やっ、やめてくださーーーい!」


「……ハッ!」
 目を刺したのは思い出の光――でなく朝焼け。
 そして、鳥のさえずりが耳に届く。
「うぅ……」
 ぼんやりとする頭を軽くふり、アリスは辺りを見渡す。
「あっ」
 気づく。ここは――
「屋敷の……」
 自分たちが暮らす建物のそば。
 葉太郎から『白姫が夜、どこかに出かけていく』と聞いたアリスは、ここに身を潜めて白姫の様子を伺っていたのだ。
「自分……」
 ぼうぜんと。アリスはつぶやく。
「寝ちゃって……たんですか?」
 つまり、あの動物たちの世界でのことはすべて夢――
「あ……!」
 あたふたと頭に手を当てる。お尻にも。
「………………」
 ない。
 耳もしっぽも。
「じゃあ……やっぱり」
 そこに、
「何してんだし」
「!」
 どきっとなったアリスはさらにあたふたと、
「あ、いえ、その……お、おはようございますっ!」
「ぷりゅ?」
 首をひねる――白姫。
 その姿は、もちろんいつもの馬そのものだ。
「あの……」
 アリスはおそるおそる、
「昨夜はずっと屋敷にいましたか」
「ぷりゅぅ?」
 ますます不審そうに首をひねられる。
「あ……」
 やっぱり――夢だったのだ。
「そ、そうですよね。そんな、動物だけの不思議な世界とか」
「なに言ってんだし。ぷりゅーか、こんなとこで何してんだし」
「それは……」
 そこに、
「おはよう、アリス、白姫」
「あっ、葉太郎様」
「ぷりゅ!」
 あわててふり向くアリス。白姫がうれしそうにいななく。
「あの、その」
 自分のいまの状況をどう説明しようか戸惑っていると、
「ねーねー、ヨウタロー。なんか、アリスが変なんだしー」
「えっ」
「まー、もともと変なアリスではあるんだけどー」
「そんなことないですっ」
 そこは間髪入れず抗議する。
「えっと……」
 葉太郎がこちらを見る。その目は「昨日聞いたことで?」と問いかけていた。
「はい……」
 アリスはすまなそうにうつむく。
「どこへ行くか確かめようと思ったんですけど、自分、寝ちゃってたみたいで」
「いや、やっぱり僕が直接聞いたほうがよかったんだよ」
「ぷりゅ? ぷりゅぷりゅ?」
 ますますわけがわからないというように、白姫が交互にこちらを見る。
「白姫」
 そんな彼女に向き合い、葉太郎は昨日の相談のことを打ち明けた。
「ぷりゅ!」
 たちまち白姫の目がつり上がる。
「なんだし、それ! ヨウタローはシロヒメが悪い子だって思ってんだし!?」
「そんなことは……」
「あるんだし! だから、アリスにこっそり調べさせようなんてことするんだし!」
「ち、違いますよ。調べようとしたのは自分が勝手に」
「口はさむんじゃねーし!」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「し、白姫……」
 葉太郎があわててなだめようとする。
「ぷりゅふんっ!」
 白姫はそっぽを向き、
「愛馬のシロヒメを疑うなんて! ヨウタローなんか大嫌いだし!」
「えっ!」
 大嫌い――その言葉にアリスは驚き、
「や、やめてください!」
「ぷりゅ?」
「ヨウタロー様を嫌いなんて……それで白姫が閉じこもってしまったら……」
「閉じこもる?」
「あっ」
 そうだ。あれは夢の話だ。
「な、なんでも……」
「わけわかんねーこと言ってんじゃねーし!」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「お、落ち着いて、白姫」
 葉太郎は機嫌を取ろうと懸命に、
「本当にごめんね。おわびになんでも言うこと聞くから」
「ぷりゅ」
 つり上がっていた白姫の目がゆるむ。
「……ホントに?」
「うん」
「ホントのホントに?」
「うん」
 たちまち、
「ぷりゅーっ❤」
 ごきげんそのものの鳴き声をあげて白姫は葉太郎に飛びついた。
「うれしいしー。ヨウタロー、大好きだしー」
「ええぇ~……」
 あっさり真逆のことを言われ、アリスはがっくりとなってしまう。
(でも……)
 本当に嫌い――なんてことにならなくて本当によかった。
(というか、葉太郎様、普段から白姫の言うことなんでも聞いてますけど。ものすごく甘やかしてますけど)
 そのこともいまは許せる気分だった。
「さっそく、ヨウタロー、お願い聞いてくれるー?」
「うん、いいよ」
「じゃあ……」
 ぎろっ。厳しい目がこちらに向けられ、
「アリスをクビにするし」
「って、なんでですか!」
「決まってるし。シロヒメが悪いことするなんて疑うようなアリスは」
「疑っては……」
「疑ってなかったら見張るようなことしないんだし」
「それは……そうかもしれませんけど」
「ま、まあまあ」
 あわてて葉太郎が割って入る。
「そのことについては僕が悪かったんだから」
「ヨウタローは悪くないし。シロヒメのこと心配してたんだから」
「自分だって心配してましたよ!」
「えー、信じられないしー。シロヒメをおとしいれて、自分がヨウタローにかわいがられようと思ってたんだしー」
「そ、そんなことは……」
 はっとなる。
「……白姫、いまなんて言いました」
「ぷりゅ?」
「葉太郎様にかわいがられようって……それって」
 そこに、
「葉太郎さん」
「!」
 冷たい声の響きに葉太郎の背がびくっとなる。
「アリスさん、白姫さん」
「きゃあっ」
「ぷりゅっ」
 アリスたちも負けず劣らず跳び上がる。
「はわわわわ……」
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 真っ青になってふるえ出す。一同の前に立っていたのは乗馬用の鞭を手にしたメイド姿の女性――依子だった。
「何をされているのですか」
 冷え冷えと。依子の声が一同に突き刺さる。
「すでに朝稽古の時間ですが」
 朝稽古――
 それは、騎士である葉太郎に課されている毎朝の修練。
 従騎士のアリスにとっても無関係ではない。修練の見学がそのまま従騎士の修行ともなるのだ。
「あ、あの、依子さん」
 アリスたちをかばうように葉太郎が前に出る。
 しかし、彼女の態度はまったく変わらず、
「みなさん」
 ぐぐっ。
「!」
 鞭をしならせた段階で、もうそれ以上の言葉は許されていなかった。
「じ、準備してきます!」
「自分も!」
 葉太郎と共にアリスも走り出す。言葉に代わるものは迅速な行動しかない。
「あっ、なに置いてってんだし! 殺(ぷりゅ)されちゃったらどうすんだし!」
 あわてて白姫も追いかけてくる。
「これは虐待なんだし! シロヒメをもっとかわいがるし! 思い出じゃなくて恐怖が心に刻まれちゃったらどうすんだし!」
「! 思い出って、やっぱり、白姫……」
「ぐだぐだしゃべってんじゃねーし!」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 混乱しつつも、アリスは思った。
 あの世界であったことが夢でも現実でも、自分のすべきことは変わらない。人間に動物たちの想いを伝える――その決意は絶対に変わらない。
 けれど、
「あんまりイジメるとこっちが嫌いになっちゃいますよーっ!」
「うるせーし!」
 パカーーーン、パカーーン、パカーーン!
「ぐふぅっ!」
 三連続の蹴りに、アリスの身体は明けの空高く飛んでいくのだった。

シロヒメと秘密のナイトパーティーなんだしっ❤

シロヒメと秘密のナイトパーティーなんだしっ❤

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-06-15

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work