ひとりじめ
てのひらから、ドロップ、甘い香りのする、あのひとは、あくまのひと、などと呼ばれているけれど、ほんとうは、だれよりもやさしいひとで、ちょっと、おくびょうなだけだって、ぼくだけがわかっていれば、いいと思う。しんじつ、とは、すべてをしる権利が、ひとびとにあるわけではないし、でも、あなたが、いわれのないうわさや、あくいにみちたことばに、ひどく傷ついているのならば、ぼくは、あなたの素顔を明かしても、いい。けれども、それで、あなたが、ぼく以外のだれかに好かれ、愛され、万が一にも、あなたもそのひとの虜になるようなことがあるのならば、その可能性がある限りは、あなたは、通称、あくまのひと、でいい。(これは、ぼくの、かんぜんなる、わがまま、だろう)
昔の映画を、観た。ぼくが生まれるよりもっとまえに、つくられた映画。なまえもしらない俳優、恋愛ものだった。ごくありふれた、男女の恋愛劇、ドラマティックに出逢い、数多の困難を乗り越えて、ふたりは結ばれた。となりで観ていた、あなたが、静かに泣いていることに、ぼくは気づいていたけれど、みてみぬふりをしていた。スクリーンの、色褪せた光に照らされた横顔は、いままでみてきたなかでも、いちばんにうつくしいものだった。スケッチをしたいと思ったし、写真におさめたいとも思った。切り取って、額縁に飾りたいような、でも、決して豪奢なものではなくて、シンプルな、木製の額縁のなかにいれて、あたたかみのある部屋で、いつまでも、たいせつに、ミルク色の壁で、ひっそりと生きていてほしいと祈るほどの、うつくしさだった。(ぼくは、あなたといると、祈ってばかりである)
あなたのしんじつをしっているのは、ぼくだけがいい。
あくまのひと、という仮面を、はがしていいのは、ぼくだけでいい。
こんな、よくある話の、月並みの、恋愛映画に、あなたが感動するのをしっているのは、ぼくだけであってほしい。
どんなに蔑まれても、息をしている、あなたの呼吸と、肺までもが、愛おしいのだ。すべてが。
ひとりじめ