眠らないで

眠らないで

 もっとそうしたらよかったのに、と気付くのは、いつも九割方終わった頃だ。チャーハンを炒め終わる頃に、たまねぎを飴色にしたらよかったとか、洗濯物を干し終える頃に、柔軟剤もっと少なくてよかったとか、つまらない後悔をして、学習をせずにまた同じことをする。どちらもあまり好きではなくて集中してたくない。洗濯は回してる時が一番好き。ゴウン、と箱ごと揺れる仕組み、そんなに激しく回さないといけないのかと開発の行き止まりを感じてしまう。いや、もっと高性能で揺れない静音なものがあるのかもしれないと背中を預け、その独り言のような躍動を感じているのが一番好き。
 炊飯器で炊ける自分のちょうど良いところがわからない。一合、一合半、それで朝と晩を食す。鮭があると二合必要だけど、鮭は夕方買うから難しいよね。
 ふたつのことを一度には出来ないので、食事の時はひたすら咀嚼している。考えるのは今日の予定とか、明日の準備とか、当たり障りのないものだけどこの時間しかできないことだから。食後に薬を飲んで布団に広がる。掛け布団の上にあえて四肢を広げる行為は、悦の極みであると誰かが言ってた。だって、掛け布団は体の上にかけるためにあるんだから。ポップでキュートなキャラクターの上にでんと横たえるこの心理をどう捉えるか、きっと大学院の教授でもわからないだろう。このまま寝たいと思う気持ち、けどこの下にあるのは掛け布団という背徳、たったひとことでは済まされない、まさしく恐悦至極なのだ。
 チャイムが鳴って、居留守をつかう。オートロックは助かる。扉を叩かれたり郵便受けを覗かれることもない。一番端の日当たりの悪いこの部屋は、道路に面してうるさい。干した洗濯物に排気ガスがぶつかって酷いので夜しか干せない。気にしなければいいのかとも思うし、正直臭いを気にしているのはすれ違う人たちだ。私を見るなり顔を顰めて、同行人と顔を合わせていたあの頃、面白かったけど、そんなに臭いのかと自分で自分を嗅いだくらい。はじめはなんのことかわからずにただただ傷ついた。風呂くらい入っとるわ。バイト先のおばちゃんはその点優しい。けどどうにも頭ごなしで、聞かれて答えて怒られるのを三時間やっていた。そしてようやく理解したのが、外に干すなら夜ということだ。
 濡れたまま置いておくのも良くないと聞いて、今日も洗濯機は私を叩き起こしつつ、自身の仕事をこなしている。

眠らないで

眠らないで

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-05-06

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